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日本株の決済サイクル短縮(T+2移行)のメリットのディープな解説

以前書いたコーポレートアクションの日程に関する記事が、わりと沢山読んでいただけています。

https://in-invest.net/2018/03/06/ca01/

「落ち日より権利付き最終売買日が重要」「決済サイクルは『T+3』と言われることも『約定日から起算して4営業日目』と言われることもあるが同じ意味」という、やや踏み込んだ解説をしたのが人気の秘密かもしれません。

さて、公表時にもニュースになりましたが、2019年7月16日(火)に約定した(売買された)取引から、日本株の受渡期間(決済サイクル)が、T+2に短縮化されます

私見ですが、個人投資家が気をつけないといけないことは、権利付き最終売買日を確認する時にT+2で考えなければいけなくなるくらいだと思います。

本稿では、T+2決済のメリットと言われている事項を検討します。
日証協主催のワーキンググループとその前段にあった勉強会の報告書を読んでいくという結構ディープな内容です。

日証協のワーキンググループ

T+2決済への移行については、業界内ではかなり前から検討されていました。日本証券業協会(日証協)では、2015年から、証券会社や信託銀行などの関係者を集めたワーキンググループを作って検討しています。

http://www.jsda.or.jp/shiraberu/minasama/20150313173226.html

2016年にワーキンググループの最終報告書が発表されたのですが、この時点ではすでに「主要国がT+2にしてるから日本もやらねば」というトーンになっており、T+2決済にメリットについては特に書かれていません。

 リーマンショック等を契機とした決済リスク削減の意識の高まりもあり、海外の主要市場においては、殆どの国・地域において、株式等の決済期間がT+2化に移行している又は移行時期を決定している段階にある。こうした状況を踏まえ、我が国においてもT+2化の実現に向けた検討を行うため、2015 年7月に「証券受渡・決済制度改革懇談会」の下に「株式等の決済期間の短縮化に関する検討ワーキング・グループ」(以下「WG」という。)を設置し、業界横断的に株式等のT+2化の実現に向けた具体的な検討を行ってきた。

「株式等の決済期間の短縮化に関する検討ワーキング・グループ 最終報告書」

決済期間短縮のメリットについては、2014年から日証協や東証が事務局になって開催されていた「株式決済期間短縮(T+2)に関する勉強会」の報告書まで遡る必要があります。

1.株式決済期間短縮化の実現により想定されるメリット
株式決済期間短縮化よって想定されるメリットについて検討を行い、概ね以下の4点に集約された。
1-1 決済リスクの削減
リーマン・ショックを契機に、決済リスクの削減は我が国を含め国際的な課題と認識されているところであるが、決済期間短縮化に伴う未決済残高の縮減により、以下の決済リスクを削減できる。
① 破綻時の流動性リスク
・取引相手から予定どおり資金や証券を受け取れないリスク
② 再構築コストリスク
・取引相手が決済不能に陥った場合に当該取引が持つ等価又は正の現在価値を実現できないリスク
1-2 資金効率の向上・担保負担の軽減
決済の早期化により証券・資金をさらに活用した運用等が可能となり、流動性向上が期待できる。また、昨今の証拠金規制や資本規制等の強化により、市場参加者において資金利用の効率化、証拠金等の担保負担の軽減について世界的にニーズが高まっている状況にあるなかで、株式の清算基金所要額が決済期間短縮分削減されることとなり担保負担が軽減される。
1-3 業界全体として決済事務の一層の合理化・効率化
決済期間短縮化の実現に必要な取組みを業界全体で推進することにより、業界全体として決済事務の一層の合理化・効率化を図る原動力となる。
ただし、合理化・効率化を進めるにあたっては、その必要性について十分な検討が必要である。
1-4 我が国市場の国際競争力の維持・向上
以上の効果により、我が国市場の安全性・効率性・利便性を向上させ、国際競争力の維持・確保につながることが期待できる。
また、他の主要市場がT+2決済化を目指すなか、日本のみT+3決済のままである場合、我が国市場が決済リスクの高い市場とみなされ、投資を回避されるなど、国際的地位が低下する可能性もある。
海外投資家はグローバルで決済事務を統一化するニーズがあり、日本のみ決済期間が異なることにより海外投資家の日本への投資意欲が減退する可能性もあり、国際標準に沿った決済制度を導入することで国際競争力を維持する必要がある。

株式決済期間短縮(T+2)に関する勉強会事務局「株式決済期間短縮(T+2)に関する勉強会報告書」
※太字強調は当サイトによる。

T+2移行のメリット

では、勉強会報告書で挙げられている4つのメリットを順番に検討してみましょう。

決済リスクの削減

取引が約定してから、証券と代金の受渡までの間に取引相手方が経営破綻(破産、民事再生、自主廃業等)してしまった場合は、証券やお金を受け取れない可能性があります。例えば、破産の手続に入ると、会社の資産の処分権は破産管財人に移ります。

T+3決済だと通常、当日約定分(3営業日後に決済)、前営業日約定分(翌々営業日に決済)、前々営業日約定分(翌営業日に決済)の3日分の未決済の取引が存在することになります。これがT+2決済になると当日約定分(翌々営業日に決済)、前営業日約定分(翌営業日に決済)の2日分の未決済取引だけになるので、取引相手の破綻リスクを負っている取引をへらすことができます。
これが決済リスクの削減です。

一見もっともらしいんですが、主要国の証券市場では、すでにこの手のリスクを回避するための仕組みが整備されています。いわゆるCCP(セントラルカウンターパーティ、中央清算機関)の利用です。
詳細な説明は以下の日本証券クリアリング機構のサイトを見ていただきたいのですが、CCPという機関が資金と証券の受渡債務を証券会社から一括して引き受けることで、個々の証券会社は取引相手の破綻リスク(カウンターパーティリスク)を回避できるという仕組みです。

https://www.jpx.co.jp/jscc/seisan/genbutsu/acceptance_debt/hikiuke.html

そして、証券会社は普段からCCPに証拠金を差し入れ、証券会社が破綻して受渡ができなくなった時は、証拠金によってCCPが取引を埋め合わせます。
もちろんこの場合でも、破綻した証券会社が履行できなくなった債務をCCPが処理する必要があるので、未決済の取引は減らした方が良いです。ただ、根本的な問題というより程度の問題です。

ちなみに、日本だと東証の子会社の日本証券クリアリング機構、米国だとDTCCという機関がCCPをしています。2008年の金融危機以降、上場株だけでなく、様々な金融商品がCCPを介して決済されるようになりました。現在では、金利スワップやCDSといった一部の店頭デリバティブの清算もCCPを経由しています。

資金効率の向上・担保負担の軽減

A社株の売却代金で別の銘柄を買おうとする場合、T+3だと3営業日後まで待つ必要があるが、T+2ならば2営業日後に売却代金の入金が確認できるので、早い段階で次の買い付けができる、ということです。

これももっともらしいのですが、個人投資家にはあまり関係ないと思います。そもそも頻繁にトレードする投資家は一部ですし、頻繁にトレードする人は信用取引を使うでしょう。
また、現物取引であっても、以下の説明のように、売却が約定するとその時点で買付余力に反映される証券会社が多いのではないでしょうか。(フェイル(受渡がスケジュール通りになされないこと)したらどうなるんだろう?とは思います。)

https://www.rakuten-sec.co.jp/web/domestic/stock/rule/surfing.html#skip1

https://www.okasan-online.co.jp/jp/stock/beginner/study01-05.html

機関投資家でも、日本株はフェイルを気にせず、受渡日には当然に売却代金が入ってくる前提で売買している場合が多いように思います。
外国株だと、フェイルがそこそこあるので、売り買い同時に発注する時は売りを多めにしたりファンドのキャッシュに余裕をもたせるという話も聞きます。

従って、決済期間の短縮化が投資家の資金効率に資するかというのは個人的には疑問です。報告書の後段で言われているCCPに差し入れる保証金が減らせるというのはその通りだと思います。ただ、これは投資家ではなくブローカーのメリットです。

業界全体として決済事務の一層の合理化・効率化

これはよく分かりません。
決済サイクルを短縮化すれば、時間がタイトになった分、皆効率的に仕事するだろうという暴論に見えます。

我が国市場の国際競争力の維持・向上

結局これなのだと思います。
2017年に米国がT+2決済に移行したことから、現在T+3決済の国は世界の中で浮いた存在になりつつあります。アジア先進国でずっとT+3仲間だったオーストラリアは2016年に、シンガポールも2018年12月にT+2決済に移行してしまいました。
報告書の「他の主要市場がT+2決済化を目指すなか、日本のみT+3決済のままである場合、我が国市場が決済リスクの高い市場とみなされ、投資を回避される」というのは大袈裟に感じますが、グローバルなマンデート(MSCI ACWIやEAFEベンチマーク)で資金を運用する投資家にとっては、現実問題として決済サイクルが揃っていた方が考慮すべき事項が減ります。

おわり

以上がです。
これがきっかけで何かがすごく変わるわけではないですが、オペレーションや取引の規格は多数派に合わせた方が有利です。
いち投資家としてT+2移行応援しております。

 

 

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