投資信託

ジョン・C・ボーグルとバンガード(長年のファンによる解説)

運用会社のバンガードの創業者であるジョン・C・ボーグル氏が1月16日に亡くなられました。
心よりご冥福をお祈りします。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-01-17/PLG8BL6S972801

私も上の記事を読むまで知らなかったのですが、ボーグル氏は31歳から何度も心臓発作を起こしていて、ペースメーカーを付けたり心臓移植を受けていたそうです。
病気と戦いながらバンガードをあれほど巨大で多くの投資家に支持される運用会社に育てたバイタリティは本当にすごいと思います。

資産運用ビジネスの歴史の中で、彼が果たした役割は非常に大きいです。
私は駆け出しの頃に仕事でバンガードのファンドを取り扱ったことがあり、自分の資産運用でも同社のETFを持っていたことがあるので、ボーグル氏とバンガードについては一方的に親近感を持っています。
バンガードとボーグル氏について、資産運用ビジネスと個人の資産運用の両方で愛着を持っている者の視点で書きます。

ボーグル氏の経歴については、バンガード・ジャパンの追悼記事がとても詳しくまとまっています。

https://www.vanguardjapan.co.jp/retail/articles/resources-learning/other/a-look-back-at-the-life-of-founder.htm

インデックスファンドのパイオニア バンガード

業界における立ち位置

バンガードはボーグル氏が1975年に設立した運用会社です。
日本ではヴァンガードではなくバンガードが定訳になっています。
(ヴァンガードで検索するとカードゲームが出てきます。)

現在の運用資産額(AUM)はグループ全体で5兆ドルを超えます。
運用資産額に基づくランキングだと、ブラックロックに次ぐ世界第二位です。

こちらの日経新聞の記事では、ボーグル氏のバンガードが「1976年に世界で初めてインデックス運用型の株式投信を世に送り出し」たという表現が使われています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO4010164017012019EE9000/

つまり、一般の投資家が買える投資信託として初めてインデックスファンド(パッシブファンド)を作った会社がバンガードです。
(逆に、法人向けのものはそれ以前にもあったということです。1971年にウェルズ・ファーゴが年金向けに初めた商品が一番最初であると言われています。)

インデックス運用で有名な運用会社を3つ挙げるように言われたら、

  • バンガード
  • iSharesで有名なブラックロック(合併前のBGI(バークレイズ・グローバル・インベスターズ))
  • SPYやGLDで有名なSSGA(ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ)

の3社を挙げる人が多いと思います。

低コストへの取り組み

バンガードは低コストのインデックスファンドを強みにしており、それを実現するために様々な工夫をしています。
例えば、運用報告書等の作成のため、自社で印刷会社を持っています。これだけの規模があると外注より自社で印刷した方が安くあがるためだそうです。
また、2012年に、指数利用料の引き下げのため運用中のファンドの連動対象(ベンチマーク)をMSCIの指数から他のベンダーのものに変更しました。
日本の個人投資家にも人気のVWO(バンガードのエマージング株ETF)の連動対象がMSCIエマージングからFTSEのエマージング株指数に変更になったので驚いた方も多いと思います。

その他にも、株式非公開でバンガードのミューチュアルファンド(米国の投資信託)がバンガードの株を保有するなど、投資家の利益が運用会社自体のガバナンスに反映される仕組みも同社の独特な点です。

資産運用ビジネスのバリューチェーンの中で

ここ数年の日本の資産運用業界を見ていると、バンガードのETFは投資家に直接購入される以外にも、様々な資産運用サービスのパーツとして使われることが増えたと思います。
セゾン・バンガード・グローバル・バランス・ファンドのようなバランス型ファンドのパーツとして組み入れられたり、wealthnaviのようなロボアドのサービスの中で投資対象になっています。

ボーグル氏と大恐慌とウェリントン

ボーグル氏の生涯

ボーグル氏は1929年5月に米国のペンシルバニア州に生まれました。
彼の生家は裕福ではなかったと言われていますが、教育熱心な両親に恵まれ、本人も様々なバイトをし、プリンストン大学に進学します。
1951年にプリンストン大学を卒業したボーグル氏は、運用会社のウェリントンに入社し、資産運用ビジネスでのキャリアをスタートします。そして、昇進を重ねウェリントンの創業者であったウォルター・モーガンの後継者としてチェアマンに就任するまでになりますが、1974年に株価の低迷や合併に伴ういざこざで解任されてしまいます。
この時まだ45歳。とても濃密な人生です。
その後、1974年から75年にかけてバンガードを設立し、翌年にインデックスファンドの運用を始めます。先述した病気の治療のために何度か経営から離れることがあったようですが、1999年までバンガードの経営に関与していました。
参考:
Vanguard(US)ウェブサイト
バンガード・ジャパン ウェブサイト
Wikipedia(en)  John C. Bogle
「捨てられる銀行2 非産運用」(橋本卓典著、講談社現代新書) 第5章
(記述に幅があった箇所はVanguardのウェブサイトに合わせました。)

大恐慌の年に生まれて

ボーグル氏の経歴を見ていて奇縁だと感じるのが、1929年という生年です。
この年は世界恐慌が起こった年。1929年10月24日木曜日はいわゆるBlack Thursdayです。
世界恐慌の年に生まれた人が資産運用業界を大きく変えるというのはとてもドラマティックです。

ウェリントンとバンガード

また、彼が資産運用の仕事を始めたのがウェリントンだという点も興味深いです。
ウェリントンは米国のボストンを拠点にしている長い歴史を持つ運用会社の一つです。
日本でも公的年金・私的年金から資金を受託しているほか、公募投信のサブアド(再委託先)としても存在感があります。例えば、三菱UFJ国際投信のヘルスケアファンドはウェリントンが実質的に運用しています。

https://www.am.mufg.jp/fund/148106.html

ウェリントンはアクティブ運用に定評がある会社なので、一見バンガードとは真逆に見えますが、アイデアを大切にする会社という点は共通していると感じます。投資アイデアをアルファ(超過収益)の獲得のために活かすのがウェリントン、商品設計や事業体制に関するアイデアをコストの削減のために活かすのがバンガードという印象があります。
また、バンガードもウェリントンも非上場であり、どちらも大手の金融機関グループに属さない独立系の運用会社です。

ヴィクトリーではなくバンガード

バンガードの社名は、英国のホレーショ・ネルソン提督ナイルの海戦(ナポレオン軍のエジプト侵攻との戦い)における旗艦「バンガード号」から取ったと言われています。
ネルソン提督が指揮した戦いでは、ナイルの戦いよりも仏西連合軍とのトラファルガーの海戦の方が有名です。
戦略的な重要性のみならず、戦いには勝ちながらもネルソン自身は戦闘中に命を落とすというドラマがあったためです。
ただ、トラファルガーの海戦におけるネルソン提督の旗艦は「ヴィクトリー号」でした。

社名をバンガードにしたのは、アセットマネジメント業界において「勝利」するのではなく、新しい時代を作る「先兵」になるというビジョンをより重視したのだと推測します。

ちなみに、ネルソン提督の最後の言葉は「神よ、感謝します。私は使命を果たした。」だったと言われています。

 

 

以上です。つい長くなってしまいました。
最後まで読んでいただいた方がいましたらありがとうございました。

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