本稿では電波法と放送法における外国人の保有制限について解説します。
(1月18日追記:条文を見やすくなるよう調整。2022年の放送法改正について補足を追記。)
テレビ局の外資規制については、
➔「テレビ局が外人に乗っ取られている」というゴシップ
➔フジと日テレの外国人保有比率が恒常的に上限の20%を超えている
➔外資規制違反による東北新社の認定取り消し(2021年)
など、何かと話題になります。
テレビ局の外資規制は端的に述べると以下の通り。
・電波法と放送法では、放送局の外国人株主の議決権比率が5分の1以上になると放送免許が取り消される(欠格事由)
・これを回避するため、放送法は外国人株主の議決権割合が5分の1以上となる場合には、会社側が株主名簿の名義書き換えを拒否できると定めている
ここまでは割と知られていることですが本稿ではこれについてより深く踏み込み、
①条文ではどのように定めらられているのか
②上場会社の株主名簿がどう確定されているか
③外国人保有制限は指数ウェイトにも大きく関係している
ということまで解説します。
目次(クリックで各項目にジャンプ)
導入 女子アナ上納システムにアクティビストが動いた
2024年12月以降週刊誌等で、フジテレビの編成幹部が関与し元SMAPの中居正広に複数の女子アナ等を「献上」したというエロ漫画のような内容が報道された。
(女性セブンと週刊文春が主に取り上げ他メディアも追随。)
中日スポーツによる簡潔なまとめ
自分はテレビのバラエティ番組を長いこと見ていないので、ここ数年は「大物物芸能人の名前を久しぶりに聞いたと思ったらそれを最後に消えていった・・・」ということが多い。本件も、自分の芸能アンテナの感度では右から左に抜けていって、3年後くらいに「そういえば中居くんてってなんで消えたんだっけ?」とふと思い出す、という路線をたどるはずだった。だが、今回は株式市場目線で面白いことが起こった。
本件へのフジテレビの編成幹部の関与について、フジテレビの持株会社のフジ・メディア・ホールディングス(4676)の大株主であるダルトン・インベストメンツが、「第三者委員会を設置し調査することを求めている」と報じられたのだ。
原文はこちら(傘下のRising Sun Management名義のレター)
https://www.daltoninvestments.com/wp-content/uploads/2025/01/FMH-Special-Independent-Committee-English-PffD-version.pdf
昨年12月19日に提出されたダルトンの大量保有報告書では傘下ファンドを含め合計7.2%のフジメディア株を保有していることが確認できる。
➔ダルトン・インベストメンツはジェームズ・ローゼンワルドらが1999年に設立した運用会社(母体は1996年から)。創業者のキャリアがアジア株中心だったため設立当初からアジア中心に投資を行っている。日本株では特にアクティビストとして知られている。
参考 ダルトンの大量保有報告書提出企業一覧
https://www.buffett-code.com/shareholder/3569ff3e0d67317f67afab35c7cb5567
参考 創業者James B. RosenwaldIIIについて
https://en.wikipedia.org/wiki/James_B._Rosenwald
①放送法と電波法はどのように規定しているか
・電波法と放送法では、放送局の外国人株主の議決権比率が5分の1以上になると放送免許が取り消される(欠格事由)
・これを回避するため、放送法は外国人株主の議決権割合が5分の1以上となる場合には、会社側が株主名簿の名義書き換えを拒否できると定めている
まず、このテレビ局の外資規制が条文でどのように定められているのかを見る。
(※厳密さよりも分かりやすさを重視して参照する条文はドラスティックに略します。)
日本のテレビ局は電波法と放送法により規制されている。電波法が主に放送電波の利用について、放送法は放送内容や放送局の組織について定めている。
※ホリエモンによると、当該規制は90年代にソフトバンクの孫正義とニューズ・コーポレーションのルパート・マードックが組んでテレビ朝日を買収しようとしたことを受けて導入されたものらしい。
この話➔https://president.jp/articles/-/12881?page=2
20%(5分の1)上限の場所 放送法第93条&159条、電波法第75条
20%を上限とする外国人保有制限を直接定めているのは放送法第93条第7号である。
外国人投資家の議決権比率が20%未満であることが基幹放送事業者の認定要件になっており、この要件を満たさなくなった場合は総務大臣は認定を取り消さなければならないと定めている。
放送法
(認定)
第九十三条 基幹放送の業務を行おうとする者は、次に掲げる要件のいずれにも該当することについて、総務大臣の認定を受けなければならない。
(略)
七 当該業務を行おうとする者が次のイからルまで(略)のいずれにも該当しないこと。
イ 日本の国籍を有しない人
ロ 外国政府又はその代表者
ハ 外国の法人又は団体
ニ 法人又は団体であつて、イからハまでに掲げる者が特定役員であるもの又はこれらの者がその議決権の五分の一以上を占めるもの
ホ 法人又は団体であつて、(1)に掲げる者により直接に占められる議決権の割合(略)とこれらの者により(2)に掲げる者を通じて間接に占められる議決権の割合として総務省令で定める割合(略)とを合計した割合が五分の一以上であるもの(ニに該当する場合を除く。)
(1) イからハまでに掲げる者
(2) 外国人等直接保有議決権割合が総務省令で定める割合以上である法人又は団体
(認定の取消し等)
第百三条 総務大臣は、認定基幹放送事業者が第九十三条第一項第七号(略)に掲げる要件に該当しないこととなつたとき、又は認定基幹放送事業者が行う地上基幹放送の業務に用いられる基幹放送局の免許がその効力を失つたときは、その認定を取り消さなければならない。
テレビ局の持株会社(認定放送持株会社)については放送法第159条第2項第5号にこれと同様の事項が定められている。ご存知のとおりフジメディアHD含め在京キー局は全て持株会社制である。
第八章 認定放送持株会社
第百五十九条
(略)
2 総務大臣は、前項の認定の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の認定をしてはならない。
(略)
五 申請対象会社が、次のイからヌまでのいずれにも該当しないこと。
イ (1)若しくは(2)に掲げる者が特定役員である株式会社又は(1)から(3)までに掲げる者がその議決権の五分の一以上を占める株式会社
(1) 日本の国籍を有しない人
(2) 外国政府又はその代表者
(3) 外国の法人又は団体
ロ (1)に掲げる者により直接に占められる議決権の割合(略)とこれらの者により(2)に掲げる者を通じて間接に占められる議決権の割合として総務省令で定める割合(略)とを合計した割合が五分の一以上である株式会社(イに該当する場合を除く。)
(1) イ(1)から(3)までに掲げる者
(2) 外国人等直接保有議決権割合が総務省令で定める割合以上である法人又は団体
(後略)
(認定の取消し等)
第百六十六条 総務大臣は、認定放送持株会社が次の各号のいずれかに該当するときは、その認定を取り消さなければならない。
一 第百五十九条第二項第五号イからヌまで(ヘを除く。)のいずれかに該当するに至つたとき。
(後略)
そして、電波法第75条では基幹放送事業者が認定を失った場合は総務大臣は無線局の免許を取り消さなければならないと定めている。
電波法
(無線局の免許の取消し等)
第七十五条 総務大臣は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める無線局の免許を取り消さなければならない。
一 免許人が第五条第一項、第二項又は第四項の規定により免許を受けることができない者となつたとき 当該免許を受けることができない者となつた免許人の免許
二 地上基幹放送の業務を行う認定基幹放送事業者の認定がその効力を失つたとき 当該地上基幹放送の業務に用いられる無線局の免許
(後略)
入り組んでいてわかりにくいのだが、これが放送法と電波法の外資規制の骨格である。
補足:2022年改正で外資規制違反=即取り消し、ではなくなった
2021年の東北新社の外資規制違反による認定取り消しを受けて、2022年の放送法改正で外資規制違反=即認定取り消しではなく、一定の猶予期間を設けて是正させる制度が導入された。
名義書換拒否という極めて強力な措置が認められているため、外資規制違反は適切に名義書換拒否をしなかったという事務ミス以外では発生しえない。
身も蓋もないことを言うと「猶予期間内に是正=次回の株主名簿確定時にはちゃんと作業をする」という事務処理の話になる。
名義書換拒否の場所 放送法第116条、第161条
外国人の議決権比率が20%以上になる場合は会社側が株主名簿の名義書換を拒否できるという規定は放送法第116条に定められている。
放送法
(外国人等の取得した株式の取扱い)
第百十六条 金融商品取引所(略)に上場されている株式(略)を発行している会社である基幹放送事業者は、その株式を取得した第九十三条第一項第七号イからハまでに掲げる者又は同号ホ(2)に掲げる者(筆者注➔「外国人、外国法人、外国人が実質支配する法人」の意)からその氏名及び住所を株主名簿に記載し、又は記録することの請求を受けた場合(筆者注➔要は株主名簿の名義書換の請求)において、その請求に応ずることにより次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める事由(次項において「欠格事由」という。)に該当することとなるときは、その氏名及び住所を株主名簿に記載し、又は記録することを拒むことができる。
(略)
二 当該基幹放送事業者が地上基幹放送(コミュニティ放送を除く。)を行う認定基幹放送事業者である場合 第九十三条第一項第七号ニ又はホ(筆者注➔外国人議決権比率20%未満の要件)に定める事由
(略)
さらに、認定放送持株会社については第161条に、これと同様の定めが置かれている。
(外国人等の取得した株式の取扱い)
第百六十一条 金融商品取引所に上場されている株式(略)を発行している認定放送持株会社は、(略)、その氏名及び住所を株主名簿に記載し、又は記録することを拒むことができる。
2 第百十六条第二項、第三項及び第五項の規定は、認定放送持株会社について準用する。(略)
②株券電子化と名義書換拒否の関係
さて「名義書換が拒否できる」と書いたが、読者諸兄は具体的な処理のイメージがわくだろうか?ここでは急がば回れで、日本株の株主名簿の確定プロセスからしっかりと説明する。
上場会社が株主名簿を更新するプロセス(総株主通知)
2009年の株券電子化以降、上場会社の株主名簿の確定は、振替決済の根拠法である「社債、株式等の振替に関する法律」(以下、振替法)に則って行われている。かいつまんで書くと以下のようなプロセスである。
◯よくわかる総株主通知と株主名簿
参考図(出所:大和総研資料に筆者加筆)
①決算日や臨時株主総会の基準日など、上場会社が株主名簿を確定させるタイミングで、口座管理機関(証券会社、資産管理信託等の振替決済に参加する金融機関)は、自社が管理している株式について、誰が何株保有しているかを証券保管振替機構(以下、保振機構)に報告する。
(例えば証券会社であれば顧客資産について誰が何株保有しているという報告に加え、証券自己の保有分も報告する。資産管理信託は受託ファンドの資産について報告する。信託財産の法律上の名義は信託銀行になるので「日本マスタートラスト信託銀行信託口」等の名義で報告する(日本経済の黒幕の完成である)。)
②保振機構では、口座管理機関からの報告データをもとに株主の名寄せ等を行い、株主名簿の元となるデータを作成し上場会社に通知する。実際には、上場会社の株主名簿管理人(信託銀行の証券代行部など)がデータを受領する。この口座管理機関➔保振機構➔上場会社(株主名簿管理人)という流れで誰が何株保有しているか通知する手続きが総株主通知(振替法第151条)である。
(「報告する」「作成する」「通知する」という言葉を使っているが、これらの処理は保振機構の決済システムと各金融機関のシステムによる電文の送受信としてSTP化されている。日本には約4,000社の上場企業があるので基準日のたびに手作業するのはムリ。こういったコーポレートアクション関連の処理があるのは資金決済システムと証券決済システムの大きな違い。)
③総株主通知でデータを受領した上場会社は、原則として総株主通知の通りに株主名簿を更新する(振替法第152条)。
会社法の枠組みでは、株主が株券を会社に提示することで株主名簿の名義書換が行われる。振替法は会社法の特別法としてこの仕組みを修正していると言える。
放送法は振替法をさらに修正する
放送法の外国人株主の名義書換拒否は、この「上場株式では総株主通知の通りに株主名簿を更新する」という振替法の原則をさらに修正する規定である。
先に見た放送法第116条に続く第116条第2項~第5項がこれを規定している。
放送法第116条の続き
2 前項の基幹放送事業者は、社債等振替法第百五十一条第一項又は第八項の規定による通知(=総株主通知)に係る株主のうち外国人等が有する株式の全てについて社債等振替法第百五十二条第一項の規定(=総株主通知の通り株主名簿を更新する)により株主名簿に記載し、又は記録することとした場合に欠格事由に該当することとなるときは、同項の規定にかかわらず、特定外国株式(欠格事由に該当することとならないように当該株式の一部に限つて株主名簿に記載し、又は記録する方法として総務省令で定める方法に従い記載し、又は記録することができる株式以外の株式をいう。)については、同項の規定により株主名簿に記載し、又は記録することを拒むことができる。
3~5 (略)
回りくどい書き方だがこれは結局、
「総株主通知の通りに株主名簿を更新すると外国人の議決権比率が20%以上になってしまうときは20%以上になる外国人株主の保有分は株主名簿に記載しなくてよい。詳細な計算方法等は総務省令で定める。」
(総務省令➔放送法施行規則第88条)
という内容である。フジメディアHDと日本テレビHDの外国人議決権比率19.99%の不自然な株主名簿はこうして作られている。
なお、冒頭で見たダルトンの大量保有報告書の保有比率7.2%は保有株式数÷発行済株式数に基づくため、名義書換拒否を考慮した議決権ベースでは相応に低下すると見られる。2024年3月末基準の公告では株主名簿上の外国人の所有株式は3,557万株だが、それ以外の4,106万株が名義書換拒否されている状況である。外国人保有の過半が名義書換拒否されている。
出所:フジメディアHD 外国人等の議決権割合に関する公告実施のお知らせ(2024年4月)
参考:実は保振機構が外国人保有比率を毎日公表している
外国人保有制限がある銘柄(具体的には放送法、航空法、NTT法の対象)については、保振機構が外国人保有割合を毎日公表している。
(外国人に実質的に保有される法人の持ち分や自己株式の控除などは考慮しない単純計算ベースのため、参考情報という位置づけのよう)
https://www.jasdec.com/description/less/publication_fol/publication_fol.html
現状では、超過しているのは対象16銘柄中フジメディアHDと日本テレビHDのみ。
③外国人保有制限銘柄の指数ウェイトの取り扱い
少し観点が変わるが、この外国人の保有制限は株価指数のウェイトにも関連しているということを解説する。
例えば、MSCIの指数では、外国人保有制限(英語では「FOL=Foreign Ownership Limit」と呼ぶ)がある銘柄は、外国人が買える部分だけを浮動株として時価総額ウェイトが決まる。20%(放送法)や33%(NTT法と航空法)が浮動株比率の上限になるため、FOL銘柄の指数ウェイトは素の時価総額が同水準の銘柄と比べるとかなり低くなる。
➔外国人保有制限33%(3分の1)の銘柄であれば浮動株比率は33%、さらにその銘柄を10%保有している外国人の大株主がいたら浮動株比率は23%として扱われる。他の銘柄と同じ方法で算出した浮動株比率では60%だったとしても33%や23%の方が優先される。
興味がある人は算出要領の110ページ以降に詳しく記載されてます(読まなくていいとは思う) MSCI Global Investable Market Indexes Methodology
MSCIの指数はグローバルな投資運用のベンチマークとして算出されているので、このロジックには納得感がある。FTSEのグローバル株指数も同様の取り扱いをしている。
一方、TOPIXのようなドメスティックな指数はFOLを考慮しない。日本人が日本株のベンチマークにする指数だからこれはこれで正しい。
そのため、FOL銘柄のTOPIXとMSCI JAPANのウェイトを比較すると非FOL銘柄とは異なる差異が発生する。
➔銘柄数がTOPIXは2,000銘柄、MSCI JAPANは200銘柄なので、浮動株比率が同水準ならMSCIの方がウェイトが高くなるはず(表内の非FOL銘柄)
➔しかし、外国人保有制限があるNTTと航空会社2社はTOPIXウェイトの方が高くなっている。FOLを考慮するMSCIの指数ではこれらの銘柄の浮動株比率がTOPIXよりかなり低くなっているため。
需給に関係する点なので、このグローバルな指数算出者の外国人保有制限の取り扱いは知っておいてもいいと思う。
おわり
以上です。外資規制の実態と指数について参考になれば嬉しく思います。
自分は第三の権力として無責任な傍観者の立場からダブスタかまして政治を叩き、公務員を叩き、企業を叩いてきたテレビに対し、率直に言って嫌悪感を持っています。特に90年代以降は、メディアの安易な公務員たたき、公共事業批判、左派的な扇動が現在の公共インフラの劣化と公共サービスの疲弊を作ったと考えています。
(もちろん、メディアは見る者の鏡でもあるので国民全てに少なからず責任があるというのは大前提です。)
テレビにいい印象が無い人間としては、近年のテレビの凋落には胸がすく思いがします。時代と自分の感覚が整合していくカタルシス、とまで言うと大げさですが。