本稿は、2024年11月に発生したSBI サウジアラビア 株式上場投信(273A)の基準価額と取引所価格の大幅乖離について解説します。また、調べていく中でファンドの設定経緯について興味深い情報があったので併せて紹介します。
SBIアセットのサウジアラビアETF(273A)で基準価額と市場価格の大幅乖離が発生し適時開示が出てます(値上がりランキング2位)。タイムラインで知りました。
開示やファンドの資料からわかったことをまとめます。
・ファンド概要… pic.twitter.com/lp7hwq8sxE— トン@儲からない投資の知識 (@in_invest_net) November 1, 2024
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SBIサウジETFの暴騰(最近東証ETF壊れすぎじゃない? )
2024年11月1日に、273A・サウジアラビアETFで基準価額と取引所価格の大幅乖離が発生し、運用会社のSBIアセットが適時開示で注意喚起を行った(同日の値上がりランキングでは2位にランクイン)。
出所:同ファンドの11月1日付適時開示
出所:Yahooファイナンス(11月1日夕方頃のスナップショット)
273AはSBIアセット初のETFとして10月31日に上場したばかり。上場日に11%、翌日に43%の乖離が発生するという荒れた滑り出しとなった。ちなみに、このファンドは先物や他社のETFを使うのではなく、国内籍のマザーファンドから直接現地の株式を買い付けている。
翌日以降の基準価額と取引所終値は以下の通りで、6日以降はおおむね基準価額に収束している。
乖離の原因とサウジの休日入門
このファンドも設定解約のタイミングが限定的だった
適時開示では乖離の要因を以下のように説明している。
乖離の要因としましては、本ETFは主にサウジアラビアの金融商品取引所で取引される株式に実質的に投資するものであり、サウジアラビア特有の休業日のため、設定・解約の申込可能日が他のファンドに比べて限定的なことや、サウジアラビアとの時差のため、裁定取引等の機会が限られるなかで、本ETFに対する東京証券取引所での買いが優勢となったことが推測されます。
出所:同ファンドの11月1日付適時開示(太線強調は筆者)
このうち前者のサウジアラビア特有の休日は確かに273Aに特有のものだろう。次節で詳しく見る。2番目の時差は東証上場の外国株ETFの多くが該当するため、踏み込んで言えば日本時間に取引可能な先物がないことがネックなのだと思う(例えばS&P500先物なら日本時間も動いている)。
設定解約が長期停止中のETFの暴騰は前月の国慶節期間中の中国株ETFと同じ構図である。サイズが小さいETFは信用や貸株による空売りが難しいため追加設定が閉じられると裁定取引が困難になる。
また、中国株ETFでは直前に発表された金融緩和という材料があったが、273Aでは東証初のサウジアラビア株ETF(SBI初でもある)ということが多少は注目材料となったのかもしれない。
サウジの休日とファンドの都合
運用会社が公表する273Aの設定解約不可日は以下の通り。
水曜日と金曜日は全面停止で、それ以外の月、火、木も不定期でクローズになっている。請求目論見書ではの設定解約不可日について以下のように記載している。
せっかくだから細かく見ていこう。
・サウジアラビア証券取引所(Tadawul)と同国の銀行の休業日
→サウジはイスラム圏の国に多い金・土休みである。金曜日が必ずクローズなのはこのため。
・毎週水曜日
→サウジ証券取引所は金・土休みのT+2決済なので、水曜に発注した取引の受渡日は日曜日になる。サブカストディアンに現地の金融機関(HSBCやスタチャーの現地支店も含む)を使っていれば日曜決済でも支障ないはずだが、日本が休みだと不測の事態に対応できないので避けた可能性がある(それか私が知らないボトルネックが他にあるのかも)。
・ラマダン明けと犠牲祭
→本件とは関係ないが、イスラム圏には長期の祝日が2つある(2024年だと前者が4月、後者が6月だった)。この時は現地の祝日の6営業日前からクローズになるため、1週間以上の設定解約不可日が設けられることになる。
・NYの銀行休業日の2営業日前、現地の休日の2営業日前、日本の休日の前営業日
→クローズになる理由が自分には分からなかった箇所(資金取引か外資規制がらみのオペレーションか?)。例えば12月23日(月)がクローズなのは25日がChristmas DayでNY Bank Holidayに該当するため。これらが木曜日にかかると3営業日連続設定解約不可日になってしまう。
今回はいったん落ち着いたものの、来年のラマダン明けや犠牲祭の長期クローズ時には荒れてもおかしくない設計だと思う。
参考 サウジ証券取引所(Tadawul)の取引カレンダー
SBIグループのトップダウン案件のような匂いがする
率直に言って273Aはそれほど注目されていたファンドではなかったと思う。東証マイナーETFウォッチャーを自称する私も本件で初めて知った(ウォッチャー失格)。猛省してファンドについて情報収集をしていると、興味深い情報が2つ見つかった。
・SBIグループとサウジ企業等の提携
昨年からSBIホールディングスはサウジの国家機関や企業との提携を複数発表している。2023年11月以降、国立研究機関(KACST)、サウジ・アラムコ、サウジアラビア投資庁(MISA)、ICT・フィンテック企業(NTG)、プラント企業(ACWA)と提携の基本合意を締結している。
273Aはこの中のICT・フィンテック企業(NTG)との提携の一環として勧められたプロジェクトである。
出所:2024年5月21日付SBI HD適時開示
ただの感想だが、本丸はサウジアラビアへの投資や政府・企業と組んだビジネスで、東証ETFはどちらかというと関係強化の足がかりのように感じた。
参考:サウジアラビアについて語る北尾氏
・政府レベルでのプッシュもあったもよう
以下の記事では、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(※)の訪日(体調不良でこの時はリスケになったようだが)を取り上げる中で、サウジETFの東証上場についても言及されている。明言はされていないが政府レベルでもプッシュされている案件だった可能性がある。
※ムハンマド・ビン・サルマン皇太子はサウジの皇太子兼首相という重要人物。ゲーム好きでも知られており、傘下の財団を通じてSNK(餓狼伝説やKOF等の格闘ゲームで有名なゲーム会社)を保有している(中東経済に疎い私もこれは知ってた)。
このように、273Aは「本邦投資家にサウジアラビアへの投資ニーズがある」というマーケティングに基づいてできた商品というより、トップダウンで生まれたように見える。
(ニーズではなく関係から案件が出てくるのは運用会社では珍しくない。パフォーマンスが良ければニーズが後から追いついて来ることもある。よければ。)
おわり
以上です。
不安な点も述べましたが、まだ上場して10日のファンドです。せっかく本件で知ることができたので、今後の展開について期待したいと思います。
これから273Aは中東地域とサウジアラビアの発展を享受する魅力的なアセットとなれるでしょうか?
それとも設定解約不可日の多さから定期的に基準価額を無視して乱高下する玩具として注目されることになるのでしょうか?