本稿では、2024年10月第1週に東証中国株ETFが暴騰したことについて解説します。東証マイナーETFウォッチャーとしては2023年の1689天然ガスETFの1円割れ以来の興味深い出来事でした。
原因を一言で言えば「国慶節で中国本土の取引所が長期休場で設定解約が停止され、売りから入って裁定を抜く手段が無い中で、ババ抜きカジノと化してしまった」ということになります。
前引けの東証中国A株ETF(そろそろ飽きてきた)
さすがに一部の銘柄(1309)は賢者モードに。
ただ2553は連日の値幅制限拡大を繰り返し今日も22,400円のストップ高。このファンドは昨日時点の基準価額(現地休場前9/30の株価+昨日の為替レートで評価)が1,721円なのでプレミアム1,200%です… https://t.co/ZLzj9YO1su pic.twitter.com/oMuLHyBMhf— トン@儲からない投資の知識 (@in_invest_net) October 4, 2024
本件は10月5日の日経新聞朝刊で記事になりましたが詳細な背景までは書かれていません。
11月4日追記
この騒動の最終的な顛末を
1.3(追記)設定再開でピークアウトし1週間かけてもとの水準に
に記載しました。
目次(クリックで各項目にジャンプ)
国慶節休場中に暴騰した東証中国A株ETF
2024年10月第1週に、東証に上場する中国A株指数に連動するETFがファンドの基準価額を大きく越えて暴騰した。
2024年は10月1日から10月7日までが国慶節にあたり、上海証券取引所・深セン証券取引所は長期休場となっている。
2日から4日にかけて大暴騰
以下は、10月2日(水)の値上がり率ランキングである。
出所:Yahooファイナンス
このうち、中国A株の指数に連動する2553、2530、2628、1309は基準価額を大きく越えて上昇している。なお、1572(H株ブル)と2031(香港株ブル)は当日のH株指数とハンセン指数が7%上昇なので概ね基準価額通りの値動き(香港証券取引所は国慶節の休場は1日だけ)。
この2553らのような中国A株ETFの翌日と翌々日の値動きは以下のとおり。
10月3日(木)の中国A株ETFの騰落率
10月4日(金)の中国A株ETFの騰落率
多くの銘柄で2桁上昇が3営業日継続するという異常事態である。
2553のケースで詳しく見る
特に派手な値動きなのは2553「OneETF 南方中国A株CSI500」である。この銘柄はアセットマネジメントOneが運用する中国A株小型株指数に連動する商品である。
この2553の9月20日以降の基準価額と市場価格は以下のとおり。
(外国株投信の基準価額は前日の現地の市場価格をもとに算出されることに注意)
2553の基準価額と市場価格の比較
基準価額 | 市場価格(東証終値) | |
2024/9/20 | 1,275 | 1,220 |
2024/9/24 | 1,277 | 1,315 |
2024/9/25 | 1,336 | 1,339.50 |
2024/9/26 | 1,357 | 1,389 |
2024/9/27 | 1,440 | 1,599 |
2024/9/30 | 1,531 | 1,999 |
2024/10/1 | 1,686 | 3,599 |
2024/10/2 | 1,684 | 6,399 |
2024/10/3 | 1,721 | 10,400 |
2024/10/4 | 1,716 | 22,400 |
9月30日から基準価額と市場価格が大きく乖離しはじめ、連日のストップ高&値幅制限拡大を繰り返し、10月4日には実に基準価額の13倍(=プレミアム1,200%)に到達した。
上海証券取引所が10月1日から休場なので、10月1日以降の2553の基準価額は9月30日の現地の株価と各日の日本時間の為替レートで算出されている。とはいえ、2日から4日までの香港上場H株の騰落率は+8.6%である。このべらぼうな上昇を正当化するファンダメンタルズは存在しない。
(追記)設定再開でピークアウトし1週間かけてもとの水準に
これらのETFは10月4日から8日前場にかけてピークをつけ、その後は連日のストップ安と値幅制限拡大を繰り返しながら基準価額の水準に収束した。
8日から新規設定が再開する1309、1322、2530は7日から下落に転じ、8日は前場からストップ安水準に張り付き。15日まで設定が再開しない2553、2628、2629は1309らを尻目に8日の前場にストップ高となるも、後場に急落。一日にストップ高とストップ安を両方つけるという何が何だか分からない状況となった。
10月8日大引け
8日の2628の概況
出所:Yahooファイナンス10月8日引け後のスナップショット
結局、上昇幅が特に大きかった2553らの市場価格が基準価額水準まで収斂したのは翌週の10月16日であった。
10月16日大引け
なぜ基準価額と乖離した暴騰が発生したか
問題銘柄はJPXと上海・深セン証券取引所の相互上場
今回暴騰した以下の6銘柄には共通点がある。
1309 野村アセット 上海50指数に連動
1322 日興アセット CSI300指数に連動
2530 三菱UFJアセット SSE180指数に連動
2553 アセマネOne CSI Small Cap500指数に連動
2628 大和アセット STAR50指数に連動
2629 大和アセット GBAイノベーション100指数に連動
これらは、JPXと上海証券取引所・深セン証券取引所で締結されている日中ETFコネクティビティというETFの相互上場制度を利用したETFで、日本のETF(投信の箱)から上海・深セン上場ETFに投資している。従って上記の6銘柄は全て中身が中国本土上場のETFである。
(この施策は2019年にJPXと上海証券取引所で開始し、2021年から深セン証券取引所も参加。2629のみ中身が深セン上場ETFで他は上海上場ETF。)
出所:JPXホームページ「日中ETFコネクティビティ」
設定・解約の長期停止による裁定手段の喪失
暴騰の最大の原因は、これらの上海・深セン上場ETFに投資する東証ETF達が、国慶節による休場の間は設定/解約(Creation/Redemption)を停止していたことである。
ETFは取引所で売買可能な商品だが、大口に限り現物との交換や金銭による設定解約を受け付ける。本来であれば、基準価額を大きく越えて市場価格(取引所価格)が高騰する状況では、市場価格で空売りし、決済のためのETFは新規設定で基準価額+手数料で調達することで裁定取引(サヤ抜き)が可能である。これはETFという商品の根本原理である。
裁定取引というと邪悪な機関投資家の所業というエモーショナルな理解もあろうが、運用会社や取引所のイニシアチブの下で行われるマーケットメイクもやっていることは同じである。設定解約が封じられた環境ではマーケットメイクも困難になる。
今回暴騰した多くの銘柄は現地が国慶節休場の10月1日から10月7日までは設定・解約を停止していた(一部の銘柄は11日まで停止)。従って、この期間は基準価額を越えて市場価格が暴騰しても売りから入る手段が存在しないのである。
さらにこれらの銘柄は、貸借指定銘柄ではあるが売り禁であり信用売りが不可能、ファンドの規模が小さい(暴騰前で1309と1322が20億円台、その他は数億円規模)ため貸株による空売りも困難と、あらゆる裁定手段がワークしない状況だった。
本件では2日の暴騰を受けて、10月3日午前の三菱UFJアセットを皮切りに、アセマネOne、野村アセット、大和アセット、日興アセットが適時開示で注意喚起を出す事態になったが、当該開示で省略されている前提・背景・行間を補うと上記のような説明になるはずだ。
(会社名の並びは適時開示を出した順)
参考:2024年10月3日付の三菱UFJアセットの適時開示
小話・やや毛色が違う2254
2254「グローバルX チャイナEV&バッテリー ETF」はA株、香港上場、米国上場からなるテーマ型ETFである。ただ、2254の中身は香港上場ETFで、日中ETFコネクティビティとは無関係。中身が香港上場なので、2254は10月4日から新規設定が再開している。前節の騰落率で、2254が10月4日に急落したのはこれが関係している可能性がある。
悪意ある操縦者か、集団心理の暴走か
この日中ETF相互上場は2019年から存在するが、5年目の今年に初めてこのような混乱が発生した。原因を少し考察してみたい。
集団心理の暴走説
今年は例年と違い、国慶節直前の9月24日に中国人民銀行が幅広い金融緩和措置と不動産市場支援策を発表し中国株が急騰した。そうした環境下、ファンド規模が小さく売買代金も枯渇していた東証上場A株ETFがストップ高まで買われる事態が発生(30日の2553)。モメンタムを追いかける個人投資家などが飛びつき、裁定手段が無い中で連日のストップ高・値幅制限拡大を繰り返し自然発生的に仕手株化してしまった。
悪意を持った操縦者説
金融緩和による中国株の高騰と設定解約の停止という状況を好機と捉え、明確な意図をもった仕手が仕掛けた可能性。
読者諸兄諸姉はどっちだと思いますか?
自分としては「わかりやすい悪役を求めるのは嫌いなので、いったんは集団心理説で」と行きたいのだが、現時点では悪意を持った操縦者説に傾いている。
理由は、本件で一番ひどい価格形成になった2553には仕手が注目するに十分な脆弱性があったように思うため。
設定解約の停止期間がファンドにより異なる
実は国慶節に伴う設定解約の停止期間はファンドによって差がある。
国慶節に伴う設定解約停止期間は1309、1322、2530が10月7日まで、2553、2628、2629は10月11日までとなっている。11日は金曜日で週明け14日は日本の祝日なので、設定解約の再開は10月15日である。8日にかけて他のETFの価格が基準価額に収束しても、2553らのグループは混乱(祭り?)が続く可能性すらある。
また2553の10月3日付けの適時開示には「2024 年 9月6 日~10月11日の期間は設定および解約の申込みの受付を停止しております」とあり、国慶節関係なく9月の大部分の期間がクローズドだったことが分かる。
参考:2024年10月3日付けのアセットマネジメントOneの適時開示
この停止期間の差異が、小型株(2553)や科創板銘柄(2628)を含むというファンド特性による制約なのか、中国上場ETFの運用会社との協業によるオペレーション上の制約なのか、単にアセマネOneと大和アセットの都合なのかは不明である。
ただ、この2553の
・設定解約停止期間が極めて長い
・ファンドの規模が小さい(暴騰前で6億円程度)
という特徴は悪意ある操縦者から見れば付け入りやすい脆弱性になりうると思う。
おわり マイナー銘柄ゆえの不作為(1689再び)
以上です。
厳しく言えば、これらの商品は「設定解約停止による裁定手段の喪失が長期間発生する」というETFにとって割と致命的な脆弱性を抱えながら最長5年放置されていたことになります。個人的には1689が呼び値1円刻みの市場で単価1円~5円で長らく放置されていた事と同じ構図のように感じました。マイナー銘柄ゆえに取引所も運用会社も優先度が低いのです。
1689は2021年には取引所の施策の一環として呼び値の変更が行われ、2023年に1円を割ってから運用会社側が併合を実施しました。中国株ETFは本件を契機に何か手が入るのか、それともこのままなのか?
なお、Xに書いた通り、この東証中国株ETFのババ抜きカジノ化で最も不憫なのは、前週の金融緩和を受けて中国株ETFを買うことにしたが、東証ETFはファンドの規模も売買代金も終わっているので香港上場iSharesの2846(CSI300連動)や2801(MSCI CHINA連動)に投資した人だと思います。極めて正しいファンド選定をしたがゆえに、カジノへの入場資格を手に入れ損ないました。
この東証中国株ETFのババ抜きカジノ化で最も不憫なのは、先週の金融緩和を受けて中国株ETFを買うことにしたが、東証ETFはファンド規模が小さく売買代金も枯渇しているので香港上場iSharesの2846(CSI300)や2801(MSCI CHINA)に投資した人です。
正しいファンド選定なのに・・・ https://t.co/du2WQY1SQI— トン@儲からない投資の知識 (@in_invest_net) October 4, 2024