本稿では、MSCI CHINA(MSCI ACWI=オルカンの中国株部分)の構成銘柄を批判的に検討します。
「我々日本人が資産形成のために中国株を含む全世界株株に投資することは問題ないのか?」
「MSCIやFTSEの指数に含まれている中国株であれば安全だと思考停止していいいのか?」
これらを考える一助になればと思い秋の3連休に書いています。
本稿は今年の4月に公表された米下院中国特別委員会の報告書(と昔アジア株担当をしていた筆者の知識)を下敷きにしています。また、深センで発生した痛ましい男児刺殺事件を受け、現在の日中関係のもとでの中国株というアセットについて踏み込んで考える材料を提供したいという思いもあります。
目次(クリックで各項目にジャンプ)
中国株(=MSCI CHINA指数)の特徴-多様な類型と国有企業
設立地と市場を異にする6種類の中国株
中国株は難解なアセットである。今年の2月に長い記事にしたが、
MSCIやFTSEの全世界株指数における「中国株」には法人設立地や上場市場が異なる様々な銘柄が含まれている。
例えば、現在の中国株の主要銘柄であるアリババやテンセントは、法人設立地が英領ケイマン諸島で香港証券取引所に上場しており、このような銘柄はPチップと呼ばれている(P=Private。アリババはかつては米国上場ADRが指数に採用されていたが2019年の香港上場以降は香港上場の方が採用されている)。
また、中国工商銀行や平安保険グループのような伝統的な国営や民間の大企業は、上海証券取引所(A株)と香港証券取引所(H株)に重複上場し、現在は両方が指数に採用されている(A株は時価総額を0.2掛けとしてウェイト算出。詳細は2月の記事参照)。
現代の「中国株」というアセットは、このような設立地や上場取引所を異にする様々な銘柄達を「事業の大部分が中国本土にある」という共通点でくくることで成立している。
国有企業が多い中国市場
共産党一党独裁の中国では、実質的に政府が支配する国有企業が上場している。State Owned Enterprisesの頭文字をとってSOEと呼ばれる。
指数算出会社等の分類では、政府保有が20%以上の会社や筆頭株主が政府の会社がSOEに分類されることが多く、A株とH株の主要銘柄にはSOEに該当する企業が多い。またレッドチップはその定義から全てSOEである。
少し時点が古いが、以下はMSCI CHINAのセクター別の国有企業と民間企業のシェア比である。
出所:https://www.msci.com/www/blog-posts/sector-investing-in-china/01161225949
国有銀行の時価総額が大きい金融セクターや、国策に大きく関わるエネルギー、素材、公益、資本財(∈軍需・インフラ)セクターは国有企業(SOE)の比率が高い。中国建設銀行やペトロチャイナ(中国石油天然気)が国有企業でも意外性は無いと思うが、酒類メーカーのグイジョウマオタイ(貴州茅台酒)も政府保有60%以上のSOEだったりする。これが中国の株式市場。
MSCIやFTSEの全世界株指数や新興国株指数に連動する投信やETFに投資するということは、セカンダリーで間接的にとはいえ、中国政府の資金調達に協力するという側面を持つ。おそらくここまで理解せずにNISAでオルカンやVTを買っている日本国民は少なくないと思う。
国有企業は軍需企業であり国策企業
これらのMSCIやFTSEの指数に含まれる国有企業の中には、中国人民解放軍と関係が深い会社や、新疆ウイグル自治区における人権侵害に関与しているとして米国で禁輸措置や監視の対象となっている企業もある。
米国下院中国特別委員会の調査報告書
米国の下院中国特別委員会は2024年4月に、
"American Financial Institutions Funneled Billions into PRC Companies Fueling the CCP's Military, Surveillance State, and Uyghur Genocide(米国の金融機関は中国共産党の軍隊、監視国家、新疆ウイグル自治区の虐殺を支援する中国企業に数十億ドル規模の資金供給を行った)"
という刺激的なヘッドラインの調査報告書を公開した。
米国下院中国特別委員会(米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会)(英:The United States House Select Committee on Strategic Competition between the United States and the Chinese Communist Party)とは?
2023年に創設された超党派の委員会。現委員長のムーレナー下院議員は以下を注力分野として挙げている。
- 中国共産党による、台湾やインド太平洋の同盟国への軍事的威圧行為を抑止する。
- 中国共産党が米国の中で、技術を盗み取り、ビジネスを吸い取り、人々に嫌がらせをすることを防止する。
- 中国共産党への依存を低減させるため、われわれのサプライチェーンの最も重要な分野を検証する。
- 世界中の同盟国との関与と連携の促進を継続する。
参考
日経新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN110DP0R10C23A1000000/
JETRO https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/04/ca7978e522998501.htm
報告書の解説(ブラックロックとブラックリスト)
この報告書はMSCIとBlackRockへの調査に基づいて執筆されている。対中強硬派の議員達がMSCIとBlackRockにプレッシャーをかけて作成した37ページの報告書はなかなか興味深い。
骨子は以下のとおり。
・MSCI等が算出する株価指数には米国政府が安全保障上問題があるとしている中国企業やその関連会社が含まれている
・それらの指数をベンチマークとする投資信託やETFを介して米国民の富が中国人民解放軍の設備高度化や中国国内の人権侵害に関与する中国企業に投資されている
・当委員会は、米国政府が安全保障上等の理由で問題があるとした中国企業への米国民の投資を厳格に禁じるよう法整備を行うことを勧告する。
以下で詳しく見ていこう(以降では出所を示さない引用は同報告書による)。
1.米国にある中国企業のブラックリスト
現在米国には大統領令や法律に基づく中国企業のブラックリストが複数存在する。
日本でも比較的知名度が高い2つを詳しく解説すると
米国財務省NS-CMIC List(一番上): 中国人民解放軍が関連する企業への米国民の「投資」を禁じるもの。この発効に伴い2021年にMSCIやFTSEの指数からチャイナモバイルや中国海洋石油やSMICが除外された(当ブログでも何回か取り上げた)。
in-invest.net/2024/02/03/chi
米国商務省Entity List(上から5番目) :掲載された企業・政府・外国人への特定の品目の輸出を制限するもの。2019年にファーウェイへの対策に利用されたことで有名。
現在、MSCIやFTSEラッセルのような指数算出会社は、投資を禁じるNS-CMICリストの対象銘柄は上記の通り指数から除外しているが、その他の「ブラックリスト」の銘柄については指数から除外していない。つまり、時価総額や流動性が基準を満たしていれば指数に採用されている状態である。
2.指数は投資対象そのものであり投資ユニバースである
MSCIやFTSEの指数に採用された銘柄は、当該指数への連動を目的とするインデックスファンドに機械的に組み入れられる。また、指数を上回ることが目的のアクティブファンドでも、ベンチマーク採用銘柄は投資対象証券の母集団(ユニバース)とみなされることが多い。
(「投資可能銘柄はベンチマーク採用国の上場銘柄で時価総額・流動性が一定以上の株式とし、ベンチマーク非採用銘柄の割合は10%以内とする」
こういう運用ガイドラインは結構見る。)
同報告書は、2023年時点で65億ドルが直接的・間接的にブラックリスト掲載企業に投資されていたと指摘する(1ドル145円換算だと9,362億円なので1兆円近い)。
また、投資を禁じているNS-CMICリスト掲載企業は指数から除外されているため投資残高はゼロだが、NS-CMIC対象企業の関連会社への投資は28億ドルに上ると指摘している。
自分が一番簡潔でわかりやすいと思ったのが、以下のMSCIの指数ごとのブラックリスト銘柄のウェイトである。
2023年基準ではMSCI CHINAの3%、MSCIエマージングの0.89%、MSCI ACWIの0.09%がブラックリスト銘柄に該当していた。
これ以降の銘柄入れ替えと時点の違いを無視してざっくり計算すると、現在のオルカン(MSCI ACWI連動投信)の純資産残高は4兆円強なのでその0.09%は36億円になる。個人投資家に馴染みやすいロットに引き直すと、100万円あたり900円である。これをどう考えるか?
私論 国有企業は国策企業
このレポートに対する私の所見は以下の通り。
中国のSOEの意思決定は中国政府と一体であり、国策が軍備増強や人権侵害であればSOEは当然それに協力する。中国株式に指数で投資する場合は政府と一体のSOEに相応の資金を投じることになる。
(身も蓋もないことを言えばこれは程度に差があるだけで民間企業も変わらない。民間企業のテンセントが運営するWeChatの通信内容も中国政府は監視している。)
象徴的な例としてChina Overseas Land & Investmentの例で説明しよう。
China Overseas Land & Investment Limited(COLI)の例
同社は前節で引用した64億ドルの内訳のトップだった会社で、中国政府系の不動産デベロッパーである。香港上場レッドチップの代表銘柄の一つで、MSCI CHINA指数ではウェイト0.3%程度で上位50位ほどに位置する。
COLIは自体は米国政府のブラックリストには直接掲載されておらず、親会社のChina State Construction Engineering Corporation(CSCEC)が1260Hリストに掲載されているため本報告書でカウントされている。CSCECは中国の国営建設会社であり、収入ベースでは世界最大の建設会社である。
1260Hリスト・・・米国で直接又は間接に活動している中国軍事会社(人民解放軍に所有・支配されてい会社及び中国国国防産業への貢献が大きい会社)のリスト
参考:西村あさひ法律事務所のニュースレター2024/2/28
報告書では、CSCECは酒泉衛星発射センターを含む国内の軍事基地の建設における主要プレーヤーで、ジブチの人民解放軍の海外港湾基地の建設にも関与した可能性が高いと記載されている。
問題行為だけをしている会社は無い
COLIの例で見れば、
①指数に採用されているCOLIとブラックリスト企業のCSCECが親子会社で実質的に一体であること
②CSCECが人民解放軍の基地建設で主要な役割をしていること
この二点はどちらも正しい。ただ人民解放軍関係の事業はCOLI-CSCECグループの一部なのも事実である。見ようによっては「対中強硬派の議員達が大げさに主張しているだけでは?」という感想もありえよう。
ただ、問題のある事業だけを行っているブラックリスト企業はそもそも少ないのだろうとも思う。報告書では、上記のCSCEIのほか、新疆中泰グループ、BGIグループ、ZTEなどが名指しされているが、これらの会社も化学メーカー、製薬会社、通信機器メーカーなどのビジネスをしながら、政府から指示があれば国策として軍事技術の開発、少数民族の人権侵害、国民の監視を行っている、ということだと思う。
おわりに 中国エクスポージャーの無いKOKUSAIの出番かも
以上、現在のMSCI CHINA指数を取り巻く問題点を上げました。
「気にし過ぎではないか?」「米国側の主張も国益のためのものなので手放しで信用できない」という意見があってもいいと思います(実際米国はXiaomiを一度NS-CMICリストに追加してから証拠不十分ですぐにリストから外したりと場当たり的に見える対応もしています)。
ただ、自分としても10年前と比べてMSCI CHINAのような中国株バスケットに投資することに対する抵抗が確かにあります。
残念ながらMSCI ACWI ex CHINA(全世界除く中国)のETFは米国にすらありません。従って、日本の個人にとって現実的な中国エクスポージャーを避けた広域外国株のポートフォリオはMSCI KOKUSAI(先進国除く日本)になると思います。MSCI ACWI(先進国+新興国)との差異は日本と新興国の13~15%程度なので期待リターンもボラティリティも大して変わりません。信託報酬も三菱UFJアセットのeMaxis Slim先進国株なら0.09889%と十分に低廉です(オルカンの方が0.04%低いがこれが我慢できない人はいないと思いたい)。
気になる人はぜひ特別委員会の報告書にも目を通してみてください。本稿が「MSCIやFTSEの指数に入っているから安心」で思考停止せずに検討する材料になれば嬉しく思います。