株式投資

ドル円160円の時にオルカンやSlimS&P500を利確しなかった人が知っておくべきこと(向こう10年で円高はどこまでいくか?)

2024年7月26日

本稿では、

「急速な円安修正が進んでいる中で、このまま全世界株ファンドを持ち続けていいのか?」

ということを検討します。

「各人の考える期待リターンに基づいて好きに売買すればいい」というのが投資の大原則です。ただ、もう少し指針になるようなものがあればと思い書きました。

方向性は

現在見えている金融政策のターミナルレートと期待インフレ率を基にするとどの程度までの円高回帰を想定すればいいか

を確認し、

期待リターンをそれに応じて下方修正する

というアプローチです。

なお、私自身は長期保有前提の外株投信は何もしていません。
(米ドルMMFは最低限ドルで持っておきたい分を残して円転しました)

2024年7月27日更新:以下の項目を加筆しました。

円安 is over?

2024年6月下旬から160円を挟んで推移していたドル円は、7月11日の市場予想を下回る米CPIの発表から一転して円高に転じ、25日には152円台まで円高が進行した。

160円オーバーの水準が象徴的だったのでずいぶん調整したように見えてしまうが、152円でも前年2023年のどの時点よりも円安な水準である。

1ドル100円の時の8円と違い160円から152円までの8円は5%に過ぎないが、同時に日米の株価もハイテク株を中心に調整しているので、円建ての全世界株(オルカン)やS&P500は直近高値から8%程度下落している。外国株を保有するなら想定範囲内の調整だが、2023年以降に外株投信を初めて購入した人にとってはこれが初めて遭遇する10%近いドローダウンだろう。

もっとも、年内に日銀が1回利上げしFRBが利下げを開始しても、現時点で5%ある金利差が多少縮小するだけで、日本の実質金利がマイナスな状況も変わらないため、一方的な円高回帰は想定しにくいという見方も強い。

参考 ふくおかFG(元J.P.モルガン)佐々木さん

ただ、外貨建て資産を保有する日本人が、将来の為替の想定について一度シビアに点検することが必要な状況になったとは思う。

将来のドル円はどの水準に見ておけばいいか?

全世界株は長期的には上がるとしても為替は違う

NISAでオルカンやSlim S&P500をつみたて購入し長期保有する人は、本人が意識していようといなかろうと、以下の戦略を採用している。

全世界株を長期保有するという戦略は、高いボラティリティとリスク局面におけるヒステリックなドローダウン(▲50%超の高値から安値までの下落)に耐えて年率5%~8%のリターンを得るという戦略である。

全世界株指数(や米国に傾斜したその同類であるS&P500)は高ボラティリティで危機時の破滅的なドローダウンがあるものの、企業利益(配当金+実質利益成長)とインフレを背景に長期的には上昇する可能性が高い。」

詳しく書いた記事はこちら

だが、為替レートはこれと異なるリスク・リターンを想定する必要がある。

為替レートは2国間の金利差、物価水準、貿易・サービス・投資に伴う資金フローや、投資家のリスク選好の影響を受けるため、長期的に円安/円高のどちらか一方向に進むとは言えない。

為替レートに影響する要素は多くあるが、本稿では日米の金利差から将来のドル円の水準を考えたい(少なくとも2022年からの円安・ドル高の流れは金利差がほぼ全て)。

参考:購買力平価や金利パリティ等の教科書的な為替レートの決定理論について

日米金利差のおさらい(ドル円は金利差とリスク選好)

1988年以降の日米の金利差の推移は以下の通り。

実質金利=短期金利-インフレ率
米国:短期金利=実効FFレート、インフレ率=CPI

日本:短期金利=無担保コール翌日物金利、インフレ率=CPI総合、を使用

実質金利については以下の記事を参照

短期金利だけで為替レートを説明することには限界があるが、無理を承知で過去35年間をまとめると

・2000年代の終わりから2021年まで続いた1ドル110円台までの円高局面では、実質短期金利差がマイナスの期間が長かった(ゼロ金利でインフレ率2%の米国よりゼロ金利(マイナス金利)だがインフレ率もゼロの日本の方が実質金利が高かったということ)。
また、100円以下まで円高が進行した2012年にかけてはこれに加え、世界金融危機(リーマンショック)、欧州債務危機、東日本大震災とリスクオフイベントが連続した。

90年代半ばには日米実質金利差がプラスの局面が相応に長く続いたが、その間のドル円は80円から140円台までのレンジで乱高下している。
これは、メキシコのペソ切り下げ(メキシコ危機)によるドル安で79円まで円高が進行した後に、金融緩和と協調介入で円安に反転したという背景がある。金利差よりもリスク選好がテーマだった局面と言える。

ざっくり言うならドル円では金利差リスク選好が重要だということになる。

これは投機で儲けるには大雑把すぎるが、ドル建て資産を持つ日本人がストレステストとしてドル円の水準を想定するのであれば有用な考え方だと思う。

将来の実質金利差を想定する(ターミナルレートとインフレ)

ここからは、現在の金融政策サイクルにおけるターミナルレート(最終的に到達する金利)の予想をベースに、将来の実質金利差についてざっくりした予想を立てる。

米国については、FOMCのプロジェクションマテリアル(ドットチャート等のFOMCメンバーの経済予想をまとめた資料)の数値を使う。民間のエコノミストの予想もこれを出発点にしているはず。

2024年6月FOMCにおけるプロジェクションマテリアルの中央値

・Longer-runの短期金利 2.8%

・Longer-runのインフレ率 2.0%

◯実質金利0.8%

https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/fomccalendars.htm

一方、日本では中央銀行の公式な予想値は2%のインフレ目標だけなので、コンセンサスに近そうな数字を幅を持って採用する。

日本のターミナルレートとインフレ率の予想

・短期金利(今回の利上げのターミナルレート)

0.5%から1.0%のレンジで見ている人が多い。

参考 NRI木内さん

・インフレ率

→日銀の物価目標が2%。ただ足元の期待インフレ率(10年BEI)は1.5%でこれに満たない状況。

(BEI=物価連動国債の利回りに織り込まれているインフレ率)

◯実質金利

▲1.5%(金利0.5%・インフレ率2%)~▲0.5%(金利1.0%・インフレ率1.5%)(金利0.5%・インフレ率1.0%)

これに基づいて日米の実質金利差を計算すると以下の通り。

実質金利差(米国-日本)1.3%~2.3%

実質金利1%~2%の世界のドル円は?

以下は、先に挙げたドル円と金利の推移のチャートに1.3%と2.3%の目印(太いオレンジ線)を引いたものである。

過去35年で、実質金利差が1%から2%で安定していた期間は短いが、以下の局面が該当する。

・90年代の実質金利差がプラスだった時期の一部が該当するが、この時期は80円から140円の大きなレンジで乱高下していた時期だった(前項)。

・金融危機前の2000年代半ば頃はおおむね該当。この時のドル円は120円前後

2014年から2015年にかけてもこのレンジに入ってくるが、2014年4月の消費税引き上げに伴う日本のCPI上振れが原因なので、あまり参考にしない方がいいと思う。

2018年から2019年の米国の利上げ局面の終盤から利下げ開始にかけての時期もこれに近い(0%~1%台前半)。この頃は110円前後。米中対立に伴うリスクオフも影響。

参考:https://www.smd-am.co.jp/market/ichikawa/2020/10/irepo201022/

1%~2%の実質金利差を前提にすると、世界インフレ以前の見慣れた水準である100円から110円台のレンジは結構遠いように見える。金利差だけでなく、リスクオフが重なって初めて見えてくる水準だと思う。

ということで、ここでは向こう10年間の円高の下限として

金利差だけで届きそうなところ→120円

金利差+リスクオフで届きそうなところ→110円前後

という想定を置く。

金利とインフレ率の到達点とパスが上記の想定から外れる可能性も多いにあるので、数字そのものは検討の叩き台として見てもらいたい。
例えば「これからの日本は労働力不足による賃金上昇でインフレ率は過去よりも高くなるはず。その一方で国債利払いや住宅ローンへの配慮から金利は対して上げられないので、実質金利はもっと低くなり、日米の実質金利差はもっと開くのではないか?」などの考えもありえよう(冒頭のロイターの記事の佐々木さんが他所でこういう主張をされてました)。

デジタル赤字等のフローの悪化は勘定に入れた方がいいのか?

2023年の円安の再加速のあたりから「現在の円安は金利差だけでは説明できない。構造的なフローの悪化が影響しているのではないか?」という議論を見る機会が増えた。

メディア露出も多いみずほ銀行の唐鎌さんの説得力のある説明は以下の2点。

・キャッシュフローベースの経常収支は赤字

日本の経常収支は黒字であっても、海外投資の利子・配当収益等は外貨のまま再投資されるので円買いの取引にはつながらない。実際に資金の移動を伴うキャッシュフローベースの経常収支を試算すると、日本は2022年、2023年ともに赤字である。

・デジタル赤字

GAFA等のITサービスのプラットフォーマーへの支払いが近年増加している。プラットフォーマーのサービスは基本的に代替が効かないため、サービス提供者の言い値を支払う「デジタル小作人」とでも言うべき状況に陥っている。

また、2024年に始まった新NISAによる個人の海外投資もフローの悪化につながっていると言われている。

これらの状況を考慮すると、今後は実質金利差が同じでも過去より円安になることも想定しうる。フローの悪化は無視し得ないと考えるなら、前項の想定よりも10円程度円安な水準を想定してはどうだろうか(ジャッジメンタルな積み上げ)。

フローの悪化で今後は同じ実質金利でも円安になると想定した場合

金利差だけで届きそうなところ→130

金利差+リスクオフで届きそうなところ→120円前後

Note:フロー悪化に対する私の考え

個人的には、この構造変化は日本の産業構造を的確に描写しているとは思うが、為替レートにどの程度影響しているかは判断しかねています。

フローの悪化も影響しているとは思うのだが、それ以上に金利差の絶対水準日本だけ低金利という相対的な状況株高によるリスクオン、といった環境の影響が強いのではないか、というのが私の見立てです。

また、新NISAによる個人の資金フローは相応にプロシクリカル(価格が上がれば上がる/下がれば下がるという性質)なものだと考えていて、今が海外株式市場が堅調でリスクオンなのでガンガン増えているが、リスクオフ局面では相応に萎むと見ています(流行りで投資を始めた人間はリスクオフに耐えられないと思う)。

今後10年以上オルカンやS&P500を持つ私達はどうすればいいか

上記のドル円の試算を自身のポートフォリオに落とし込むにはどうすればいいだろうか?

期待リターンの修正

まずは、現在想定している想定する期待リターンの修正である。

150円から120円だと▲20%の円高進行だが、これが5年で到来すると思うのであれば年率4%10年かけて到来する想定であれば年率2%、この間の期待リターンを下方修正する。
円建てS&P500の期待リターンを年率8%を想定しているのであれば向こう5年間は4%程度に修正するのである。

ちなみに過去32年間のS&P500とMSCI ACWIの円建てリターンはそれぞれ年率10%と7%だった。

これは、ジョン・ボーグルの

「株式のリターンが確定利付的に機能するという印象をあたえるかもしれないが、決してそのようなことはない」「過去のリターンから将来のリターンを考える場合には注意が必要であり、リターンの推定は控えめにすべきである」

という忠告にも整合的である。

参考:

実は運用会社が出している長期の期待リターンの予想にはこの前提がすでに入っている。

例えば、Invescoの2024年版のLong-Term Capital Market Assumptionsという10年想定の長期予想では

米ドル建ての長期期待リターン→全世界株7.3%/米国大型株7.0%

円建ての長期期待リターン→全世界株3.5%/米国大型株3.2%

と、為替レートの円高反転を落とし込んだ数値になっているのだ。

USD板 / JPY板

いったん売る場合は売った後の投資計画を明確に

各人の想定する期待リターン次第では、いったん外国株の保有を減らすという判断も当然ありだと思う。

ただ、外貨建て資産について、現地通貨建ての価格と為替レートの変動を両方あてに行くのは本質的に困難な作業である。例えば向こう5年間で150円から120円まで円高が進行すれば▲20%だが、この間にドル建ての指数が年率5%上昇すればトータルでは5%程度プラスになる。
(年率5%はバリュエーション(≒PER)が不変なら2%のインフレ、1.5%の配当利回り、1.5%の実質利益成長で実現するのでどちらかと言うと控えめな想定。ただ足元の米国株のバリュエーションはそこそこ過熱感あり。)
この間にもっと有効に運用できていれば大成功だが、結局金利がつかない証券口座の預け金に寝かせたままだったとなっては右往左往して機会損失を招いただけである。

いったん売却するのであれば

「売却後はより期待リターンが高いと予想する〇〇で運用し、リスクイベントで株安・円高になる局面や、為替水準や株式のバリュエーションがXXの水準まで調整したら買い戻す。」

というように売却後の投資先と再エントリーの方針を明確にしておきたい。

参考:マーケットタイミングを適切に取ることの難しさ

一方、運用期間の終わりが10年以内に到来することが見えているのであれば、現在は外貨建てのリスク資産を減らして円建ての低リスク資産に振り向けるには割といいタイミングだと思う(円安で株式のバリュエーションも高め)。

おわり

以上です。今後の方針の整理に役立てば嬉しく思います。

最後に、前項で述べた「円建てで外国株に投資するのは本質的に困難な作業である」ということについて少し思うところを書いて締めます。

株と為替の両方をあてにいくことは困難

ネット証券の米国株の取り扱い拡大や低コストの外国株投信の普及で忘れがちになるが、円建てで外国株に投資するのは困難な作業である。

米国株であれば、

・個別銘柄や指数の米ドル建ての見通し

・想定する投資期間におけるドル円の見通し

この両方が必要になる。

プロの外国株ファンドマネージャーであっても、為替のリターンは意識せず現地通貨建ての株式のリターンに注目して銘柄選択を行うのが基本である。

米国株ファンドのような単一通貨建てのマンデートではそもそも運用者が為替で利益を上げることは期待されていないし、ベンチマークとの通貨配分の差異がパフォーマンスの優劣につながる全世界株ファンドであってもそれを積極的にアルファ(超過収益)の源泉に位置づける戦略は珍しい。
(これはロングオンリーの株式ファンドの場合で、マクロヘッジファンドのように証券と為替の両方を収益の源泉とする運用戦略ももちろんあるよ)

そのため為替のリターンの判断は運用者(アセマネ)ではなく投資家(アセットオーナー)が自分の責任のもとで行うことになる。年金運用であれば四半期のシステマティックなリバランスで対応し、保険会社等であれば年度の投資計画という大きな枠組みの中で対応する。いずれも株価と為替の天井と底を当てに行こうとまでは欲張らない。

全世界株投信を長期で保有するという戦略もスタンスはこれらのアセットオーナーと同じである。こういう相場になると1ドル161円の時にS&P500投信を売却したことを自慢する人が出てくるが、自分はそれとは異なり取引ではなく保有から利益を得る運用をしているということを思い出そう。

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