本稿では、米国のバリュー株とグロース株の過去40年間の相対リターンを見ます。
2022年の市場の最大の焦点は金利でした。これは株式の目線では割引率(≒バリュエーション)が焦点だったということ。
2023年の市場の見通しを立てる出発点として有用だと思います。
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最初に:今日的なバリューとグロース
バリューとグロースの文脈
現代では、バリューとグロースという言葉は2つの文脈で使われる。
1つは、銘柄選択や運用手法の文脈である。「ファンダメンタルズに比して割安なバリュー株式」や「業績成長が見込まれるグロース株式」への投資でリターンを上げようとする運用手法/哲学の説明で使われる。
2つ目は、株式市場全体やポートフォリオのリターンを説明する文脈である。例えば、PBRでバリューとグロースに機械的に分類した指数と市場全体のリターンの差異に着目することで、市場の物色動向をバリュー/グロースファクターに分解できる。このファクター分析の対象は市場全体に留まらない。アクティブ運用者であれば、実現したパフォーマンスがファクターで説明し得るものなのか、ファクターで複製できないアルファを創出しているのか、資金の出し手からチェックされる。
参考
本稿は2つ目の文脈のものである。バリュー効果というプリズムを通して株価の推移を見ることで、これまでの株式市場を理解し、これからの市場を見通す一助になればと思う。
本稿で使用するソース
本稿では、3ファクターモデルの提唱者であるケネス・フレンチ教授がウェブサイトで公表しているデータに基づいて資料を作成した。
https://mba.tuck.dartmouth.edu/pages/faculty/ken.french/data_library.html
米国の主要取引所の上場株式を、バリュー(PBRの逆数)3分位×サイズ(時価総額)2分位の6つのポートフォリオに分割し、各ポートフォリオの収益率にもとづいて計算されている。
※具体的には「スモール(小型株)・バリュー(割安株)」「ビッグ(大型株)・バリュー」「スモール・ニュートラル(PBR中立株)」「ビッグ・ニュートラル」「スモール・グロース(成長株)」「ビッグ・グロース」の6分類
今回バリュー/グロースの指標として使用するのは月次のHMLと呼ばれる指標で、
1/2(スモール・バリュー+ビッグ・バリュー)ー1/2(スモール・グロース+ビッグ・グロース)
で計算される。実務でも学術研究でもバリュー株効果として参照されている。
※HMLはHigh Minus Lowのこと。バリュー指標としてPBRの逆数(簿価/時価倍率)を使用しているため、高い(High)方がバリュー株、低い(Low)方がグロース株となる。
少々細かいが以下の3つの注意点は念頭に置いて見て欲しい。
①HMLは「バリュー株のパフォーマンスからグロース株のパフォーマンスを引いたもの」。すなわちバリュー株を保有しグロース株を空売りしたロング・ショートのリターンである。
②HMLは配当込みである。バリュー株のほうが高配当利回りなので、プライスリターンで比較するとバリューに不利になる。
※用途次第では理解したうえで計算の省力化のためにプライスリターンを使うのはいいと思います。
③HMLは、PBRで3分位に分けたうちの中間(ニュートラル)のグループを除いて計算している。
米国株のバリューとグロース
以下は、米国の1981年以降のバリュー/グロース指標(HML)を短期金利とともに示したチャートである。
黄色の線のValue-Growth月次は月次のHMLである。バリュー株の月次リターンからグロース株の月次リターンを引いたもので、トレンドを見やすくするため6ヶ月移動平均を使っている。
緑色の線のValue-Growth累積はHMLの累積リターンである。始点の1980年末を100として、月次のHMLのリターンを前月末の数値に乗じて計算している。
以降では、2000年2月、2006年12月、2020年9月の3つの転換点に注目しながら米国株におけるバリューとグロースの40年を辿る。
2000年2月の転換点 ITバブルとその崩壊
チャートの始点の1980年から1998年頃までは、バリュー株は有利な局面と不利な局面を繰り返しつつも、基本的にグロース株に対して優位であった。
だが、1998年以降、市場に空前の通信、インターネット、ITサービス株ブームが訪れる。ITバブルである。1998年9月に1,500ptだったNASDAQ総合指数は1年半後の2000年3月には5,000ptに到達。2015年に抜くまで、この時の高値がNASDAQ指数の最高値となる。
その後は、2000年2月、3月、5月のFRBによる利上げやITサービス需要の一巡によりITバブルは崩壊。翌2001年9月には米同時多発テロが発生し、米国株式市場全体がしばらく低迷することになる。2002年10月にNASDAQ総合指数はITバブル崩壊後の安値となる1,100pt程度まで下落した。
この期間、Value-Growth累積リターンは1998年からITバブルのピークの2000年2月・3月にかけて急速に悪化し(=グロース優位)、それ以降急速に切り返している。
2008年に発表されたウォーレン・バフェットの伝記「スノーボール」は、1999年7月に投資銀行のカンファレンスでバフェットがスピーチを行う場面から始まる。IT実業家を多く含む聴衆を前に、バフェットは当時のハイテク株のオーバーシュート(過熱)について警鐘を鳴らすのである。そして転換点はその半年後に訪れた。
2006年12月の転換点 BRICsと金融危機
2000年2月に反転してからは、一貫してバリュー株優位の環境が続いた。
ITバブルの後遺症で低迷した米国株式市場は2003年から上昇基調に転じる。この頃の相場の主役は中国経済の拡大の恩恵を受ける資源・資本財セクターや、米国の信用バブルの中心となる金融セクターであった。BRICsという言葉を世に広めたゴールドマン・サックスのレポート「Dreaming with BRICs」が世に出たのが2003年である。
参考記事
資源、資本財及び金融セクターは、PBR等による機械的な分類ではバリュー株となる銘柄達である。そのため、この期間はValue-Growth累積リターンも一貫してValue優位で推移し、2006年12月には今回の算出期間の最大値(488)をつけた。
2007年からは、米国の住宅バブルへの警戒で金融株が軟調に推移したことで、バリュー株の優位は失われていく。その後は、2007年8月のパリバショック、2008年3月のベアースターンズ破綻、2008年9月のリーマンショックといった名前のあるイベントに続いてく。2009年3月に米国株式市場は金融危機時の最安値をつけた(S&P500:666pt)。
ただ、この間はバリュー/グロースの相対指標で見ると明確にどちらが優位というトレンドは無かった。
2020年9月の転換点 テックと金利とグロース
テクノロジーと低金利の2010年代
金融危機に続く2010年代はバリュー株が日陰に追いやられた10年間だった。
本稿のチャートのValue-Growth累積で見ると、金融危機後の2010年に400pt程度だったこの系列は、2019年後半には300pt、コロナ後のボトムとなった2020年9月には208ptまで下落した。
データの説明で述べたように、もとになっているHMLはロング・ショートのリターンである。バリュー株を保有しグロース株は空売りしたマーケットニュートラルの戦略でも、10年で資産が半分になるほどのリターン差があったのだ。
※ベータのエクスポージャーを調整していないのでHMLは正確なマーケットニュートラルではないです。
ただ、時系列で見ると、グロース株の一貫した優勢は2010年の後半、特に2017年以降に発生している。これは大きく2つの要因からなる。
1つはテクノロジーセクターの躍進である。米国の巨大IT企業は世界を手中に収めるのではないかというほどに強大化した。FANG、MANT、GAFA、GAFAMといった言葉が次々に生まれた。
2つ目は世界的な低金利環境である。以下は、最初のチャートに米国10年債利回り(赤線)を加えたものだ。この期間の金利は歴史的に最低水準だった。運用難とグロース株に適した金利環境が相まって、多くの投資家をグロース株に向かわせた。
さらに、コロナ禍がもたらした世界的な過剰流動性と生活様式の変化は上記の両方を加速させた。
グロース優位の転換点
この長いグロース株の優位は2020年9月に転換点を迎える。
NASDAQ指数もグロース株指数も2021年後半まで高値を更新し続けたので意外に見えるが、バリュー/グロースの相対指標で見るとこのタイミングで転換点を迎えていたのである。これは10年債利回りがボトムをつけたタイミングと一致する。
続く2022年は、世界的なインフレ(エネルギーセクター↑)と金利上昇を受けてバリュー株の優位が継続した。いま私達が生きている世界である。
おわり:2001年に戻ったのか?
本稿で使用したValue-Growth累積の指標は、足元の2022年10月末時点では334ptです。これは2018年8月や2001年7月の水準に相当します。水準の一致は偶然ですが、2001年の状況はグロース株優位の修正という点で似ているので少し詳しく見てみましょう。
2001年 グロース→バリューだが金利が異なる
このときは、ITバブル崩壊に伴い、数年続いたグロース株の優位が修正されていく環境でした。先に書いたように、この後は新興国の成長期待と米国の不動産バブルからバリューが非常に高いリターンをもたらしました。グロース株ブームの修正という点は共通していますが、大きく異なるのは金利環境です。
ITバブルの崩壊と同時多発テロに伴う景気後退を受けて、FFレートは2001年12月から2004年11月までの3年間1%台に据え置かれました。この時には金利低下とバリュー株優位という現在とは逆のことが起きていました。
2022年12月時点では、米国のインフレはピークアウトの兆しが見え初めたものの、金融引締の終わりはまだ見えません。直近のFOMCで示されたドットチャートでは、2023年末の金利見通し(≒今回の利上げのターミナルレート)は5.00%-5.25%が中央値でした。直近の政策金利が4.25%-4.50%なので2023年にも相応の利上げが見込まれています。
素直に考えると、バリュー○、新興国(&新興国関連)×、金融△(長短逆イールド)、不動産×となるので、バリュー優位は共通するものの、当時とは違った銘柄選択が必要な環境なのではないかと思います。
おまけ Value-Growthの年次リターン
テーブルの方がチャートより良く見えるものもあるので、おまけとしてHMLの年次収益率をテーブルで掲載します。