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社債ETFは国債ETFより儲かるのか

本稿では、社債ファンドが国債ファンドより良好なリターンをもたらすかを見ていきます。
社債ファンドとしてiSharesの米国投資適格社債ETFのLQD、国債ファンドとして同iSharesの米国長期国債ETFのIEFの数字を使って実際に比較していきます。

例によって「社債とは?」というところから始めるので必要に応じて目次を活用してください。

社債の利回りの構造と社債ファンドのリターン

社債とは

債券は、債権者として将来の決まった期日に利払いと元本の償還を受ける権利を有価証券に化体(けたい)し、債権者の地位を転々流通させるギミックである。
債券の発行者は、国家、地方公共団体、政府機関、民間企業、REIT(投資法人)など幅広いが、おおまかには中央政府が発行する国債民間企業が発行する社債がメジャーな投資対象である。
(プロの実務では米国の地方債であるMunicipal Bond、米国の政府支援機関(GSE)の債券であるAgency Bond、米国のインフレ連動債(TIPS)も重要な投資対象なので、気になる人は調べてみて。)

社債を発行できるのは基本的に財務が良好な企業だけである。ただし、国家の徴税権を返済の裏付けとした国債と比べると、私企業の事業を裏付けとした社債は信用度で劣る
「借金まみれの日本政府と世界中で車を売っているトヨタ自動車のどちらが信用があるか?」という話はもう何十年も前から言われているが、所在国の格付けが域内企業の格付けの天井となっているのが現実である。例えば、日本国も東京都もトヨタも格付は同じ"A+"(S&P)である。

債券の格付

社債の取引や価格形成では、格付会社が発行体に付与する債務履行の指標である格付が重要になる。格付けはAAA(S&P)やAaa(ムーディーズ)を頂点とする9~10段階の符号であり、BBB/BBを境として格付が高い社債を投資適格(IG)、低い社債を投資不適格(ハイイールド、ジャンク)とする。
S&Pの符号では以下のとおり。

AAA、AA、A、BBB・・・投資適格(Investment Grade(IG))

BB、B、CCC、CC、C、D・・・投資不適格(Junk Bond、High Yield Bond)

この符号のほか、同格付内の相対的な序列を+-で表したり、格付変更の見通し(アウトルック)をポジティブ/ネガティブで公表する。

国債に対する社債のスプレッド

国債より信用度が劣る社債は、発行体の信用度に応じて、同じ条件の国債と較べて高い利回りで発行され取引される。この社債と同条件の国債との利回りの差社債スプレッド信用スプレッド(クレジットスプレッド)と呼ぶ。

信用スプレッドは、信用リスクに対する投資家の態度(リスクオン/リスクオフ)債券発行体の信用度の変化によって拡大(ワイドニング)・縮小(タイトニング)する。
発行体の信用度の変化の最も極端なものがデフォルト(債務不履行)である。また、格下げも信用スプレッドに大きな影響を与え、特にIGとハイイールドの分水嶺であるBBB→BBの格下げは需給に与える影響が大きい。
(このBBBからBBに格下げになった社債はフォールンエンジェル(堕天使)債と呼ばれる。クレジットガバガバのくせにかっこいい。)

以下は、2000年以降の米国の投資適格(IG)社債の国債に対するスプレッドの推移である。黄色い線の「IG合成」は、AA、A、BBBの各系列の数字を足元のIG社債指数のウェイトに近い10%、40%、50%で加重平均して作成した系列なので、IG社債セクター全体を見るのであればこれが良いだろう。

当然ながら格付が高い方がスプレッド狭く、低いほうがスプレッドが大きい。
21世紀の最初の四半世紀において、IG社債のスプレッドは2008年の金融危機時2020年3月のコロナショック時に急拡大したが、それを除けばおおむね1%から2%台のレンジで推移してきた。

社債投資のリターン

以前の債券ETFの記事でも記載した通り、債券投資の収益は概念的には以下のようになる。

債券運用の収益=利息収入±債券価格の変動による利益または損失

そして、利息収入については投資時点の利回りが相応に参考になる指標であり、債券の価格変動は主に投資期間中の利回りの変化によって説明される。

社債の利回りを、

社債の利回り=同条件の国債の利回り+社債スプレッド

に分解して考えると、社債投資が同条件の国債への投資よりも報われるかは、投資時点のスプレッドの水準と、投資期間中のスプレッドの変化によって変わる。

つまり①投資開始時よりも社債スプレッドが縮小(社債価格の上昇要因)した場合や、②社債スプレッドは拡大(社債価格の下落要因)したが利息収入が国債を上回る分で補える範囲だった場合は、社債投資は国債投資よりも報われる。

その他に、社債(&社債ファンド)への投資には以下のような注意事項がある。

・発行体による繰上償還

社債には発行体の判断で繰上償還できる条項が付いたものがある。社債権者が発行体にコールオプションを売っていることになるため利率が高く設計されるが、繰上償還された投資家は別の投資先を探さなくてはならない。
金利低下でより有利な資金調達が可能になったことが繰上償還の理由ならば、償還された社債と同条件の再投資先を探すのは困難な可能性がある。
※社債スプレッドのチャートの元データが「オプション調整スプレッド(OAS)」となっているのは、この繰上償還条項による金利の上乗せ分を調整したスプレッドということ。

再投資リスク

個別の社債への投資と異なり、社債ファンドでは利金や償還金を再投資する。そのため、社債市場全体の利回りが低下するとポートフォリオの利回りも低下して行く。
当たり前に見えるが、個別の社債であればデフォルトせずに満期まで保有できれば投資時点の利回りが実現する(国債と国債ファンドでも同じ関係)。

・格下げリスク

投資適格社債がいきなりデフォルトすることは極めて稀である。従ってIG社債のファンドでは、発行体の信用度の低下による悪影響はデフォルトではなく格下げによる債券価格の下落として被ることになる。
特にパッシブ運用のETF等では、BBB格の社債がBB格に格下げされればIG社債の指数から外れるため、格下げで下がった後の価格で売らなければならない(アクティブ運用でも投資ガイドラインで格付の制限を付している場合は同じ)。

社債ETFと国債ETFのリターンの比較

以降では、社債ETFと国債ETFのリターンの差を見る。
以下のETFについて、分配金複利再投資となるよう調整したファンドの基準価額(NAV)にもとづいて計算した。分配金の源泉税や再投資時の売買手数料は控除していないので現実には実現できないリターンであることを念頭に置いて見て欲しい。

米国社債ETF・・・LQD(iShares iBoxx $ Investment Grade Corporate Bond ETF)

https://www.ishares.com/us/products/239566/ishares-iboxx-investment-grade-corporate-bond-etf

米国債ETF・・・IEF(iShares 7-10 Year Treasury Bond ETF)

https://www.ishares.com/us/products/239456/ishares-710-year-treasury-bond-etf

米国社債ETFには、トラックレコードが長くNAVと分配実績の開示が優れているiSharesのLQDを使用する。VanguardのETFはNAVのダウンロードができずファンドの特性に関する情報も少いため情報開示ではiSharesに劣る。
米国債ETFについてはいくつか選択肢があるが、デュレーションがLQD(8.2年)に近いIEF(7.8年)を使った。もっと適切なものがあればコメント欄やTwitterで教えてください。

2003年以降の社債と国債のリターン

2003年以降のLQDとIEFの累積リターンは以下の通り。LQD-IEFは指数化した系列の引き算なので、そのまま両ファンドの累積リターンの差(%)だと考えて良い。

2008年前後の金融危機、2011年の欧州債務危機、2015年のチャイナショック、2020年のコロナショックといった金融市場の混乱期LQDは大幅に超過リターンを縮小している。コロナショックのように急速に切り返すこともあるが、金融危機や欧州債務危機においてはLQDの超過収益が再びプラスになるまでには2~3年ほどかかっている。

LQD-IEFに先に示した社債スプレッドの推移を重ねたものが以下のチャートである。

こうして見ると、社債スプレッドが比較的安定していた2013年から2021年中盤まで社債が国債に対してかなり優位な期間だったと言えるだろう。
また、足元ではLQDの超過収益は縮小しつつあるが、2022年10月時点ではスプレッドの水準は過去の市場の混乱期よりは低い(「平時の中では高い」程度)。

5年ローリングリターンの推移

続いて、5年ローリングリターンを見ていく。これは各時点の5年前からファンドを継続保有していた場合の収益率を時系列に並べたものある。
例えば、LQDの2022年8月末時点の数字は0.93%だが、これは2017年8月末から2022年8月末までLQDを税・コスト無しで配当再投資しつつ継続保有した場合のリターンが年率0.93%だということだ。

これを見ると、累積リターンでは分かりにくかった以下のような気づきがある。

・社債の投資環境が悪い(≒スプレッド拡大)時のリスクテイクはそれなりに報われる

グラフの期間中でLQDの5年リターンとLQD-IEFが最大になっているのは2013年から2014年にかけてだが、これに対応する投資開始時点は金融危機の2008年から2009年である。

・今は社債の5年リターンは金融危機時より悪い

LQDの5年リターンの金融危機時のボトムは2008年10月末の年率0.11%だった。一方、足元の2022年9月末では年率▲0.33%であり、金融危機時よりも悪い。

金融危機時は信用不安から信用スプレッドは急拡大したものの、金利は景気悪化懸念から低下していた。対して、足元の2022年は、危機時ほどでは無いにしろ信用スプレッドが拡大傾向であることに加え、金利も急ピッチで上昇している。

まとめ:社債ファンドは儲かるか

まとめると、

  1. 社債のスプレッドが落ち着いた期間であれば、高格付け(IG)の社債ファンドは似た条件の国債ファンドよりも高い収益をもたらす。
  2.  ただし、市場の混乱期には信用スプレッドが急拡大し社債価格が下落。国債に対する超過収益は急速に悪化し、過去5年、10年積み上げた超過収益を失う。
  3. 市場が混乱から正常になるまでの時間はまちまち。信用リスクが焦点だった金融危機では長い時間がかかったものの、緩和期待に支えられたコロナショックでは急速に切り返した。
  4. 2022年の社債スプレッドの拡大は市場の混乱期ほどではないが、金利の上昇が急ピッチなため、過去数年間に社債に投資した場合のリターンは急速に悪化している。
  5. 株式と同様に、投資環境が悪い時期のリスクテイクは社債でも報われる傾向にある。今後の企業の信用力と金利の見通し次第では社債ファンドへの投資を検討しても良い頃合いかもしれない。

なんとなく社債ファンドのリターンの特性がイメージできるようになれば書いた甲斐があります。

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