株式投資

パナソニックのテスラ株売却がすぐに報じられなかった理由(IFRS包括利益の罠)

2021年6月26日

2021年6月25日、パナソニックが同社が保有するテスラ株式を2021年3月末までに全売却していたと報じられました。
パナソニックは2010年にEV用電池事業に関する関係強化を目的としてテスラ株を取得しており、当初の取得金額24億円に対し、今回の売却額は4,000億円程度と報じられています。
テスラは昨年からのコロナ相場で話題の中心となった銘柄の1つであり、本件は大いに注目されました。また、25日のパナソニック株は前日比4.9%と大幅に上昇しました。

ただ、このタイミングでこの報道が出ることにやや引っかかるものはないでしょうか?
同社は5月10日に決算発表(決算短信)をしていますが、そこから1ヶ月以上経過してから本件が報じられました。
ここには、金商法・会社法のスケジュールと、IFRSの包括利益の取り扱いが絡んだ論点があると思いましたので記載します。

25日にTwitterに書いた内容に肉付けしたものとなります。

※6月27日追記
日本基準の包括利益計算書における含み損益の取り扱いで理解が不十分だった箇所があったため、
(決算発表時に話題にならなかったのは「包括利益」ゆえ)ー(IFRSと包括利益計算書の罠)
の記載を一部修正しました。

ソースは有価証券報告書(金商法と会社法のスケジュール)

今回の報道のソースは、6月25日にパナソニックが提出した有価証券報告書です。
有報では、同社が事業上の関係強化を目的に保有している株式の時価の明細が開示されています。

出所 : パナソニック株式会社 第114期有価証券報告書

2020年3月期末に809億円だったTesla株の保有残高が、2021年3月期末には"-"になっています。

有価証券報告書がこのタイミングで提出されるのは金商法会社法の要請によるものです。
金融商品取引法では、有価証券報告書の提出義務がある会社は、事業年度終了後3ヶ月以内に確定決算に基づく有価証券報告書を提出するよう定められています。
そして、株式会社の決算は株主総会の承認によって確定しますが、会社法では事業年度終了後3ヶ月以内に定時株主総会行うよう定めています。
ゆえに、3月決算会社の株主総会と有価証券報告書の提出は6月下旬にセットで行われます。

決算短信の段階でわかっていたこと

では、このことが決算発表の段階で注目されなかったのはなぜでしょうか。

パナソニックは、2021年5月10日に決算短信を公表しています。
改めて説明すると、決算短信とは、証券取引所の有価証券上場規程に基づき上場会社が決算情報を開示する資料です。
金商法ではなく取引所規則に基づくディスクロージャーであり、決算期末から45日以内に開示するよう定められています(45日ルール)。
有価証券報告書と異なり、監査法人の監査が完了する前に公表提出される速報ベースという位置づけですが、投資家は速報性のある短信に注目します。
日本企業の決算発表イコール決算短信の公表と考えて差し支えありません。

実は、テスラの名前が出たのは有価証券報告書ですが、数字は決算短信でも確認できます
例えば、短信の連結キャッシュフロー計算書では「持分法投資及びその他の金融資産の売却及び償還」として、4,300億円ものキャッシュイン・フローが発生していることが確認できます。

出所 : パナソニック株式会社 2021年3月期決算短信

これについて、同社の決算説明会でセルサイドのアナリストが内訳を質問していますが、会社側は「ポートフォリオの見直し」以上の回答はしていませんでした。
(説明会のQ&Aは音声のみですが同社HPのIR情報に掲載されています。)

決算発表時に話題にならなかったのは「包括利益」ゆえ

損益計算書にはテスラの売却益がない

このように、テスラと明言されなかったものの大規模な資産売却があったことは決算発表の時点で数字として出ていましたが、報道では全くと言っていいほど話題になりませんでした。
例えば、以下の記事は5月10日の決算発表時のものですが、ヘッドラインの通り「売上高7兆円割れ」「純利益は△27%減益の1,650億円」というどんよりしたトーンです。

実際に、損益計算書(PL)を確認してみましょう。

出所 : パナソニック株式会社 2021年3月期決算短信

うん、報道のとおりですね。
感覚的には、営業外に投資有価証券の売却益が出てきそうですが、このPLにはそれらしきものがありません。
24億円で買って4,000億円で売却できたことはここからは伺い知ることができません。

IFRSと包括利益計算書の罠

カギは、パナソニックがIFRS(国際会計基準)採用企業だということです。

現在の上場会社の決算では、日本基準でもIFRSでも、BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)、CF(キャッシュフロー計算書)の財務3表に加えて、包括利益計算書(Statement of Comprehensive Income, CI)が作成されます。
自分の雑な理解では、保有目的が「その他」の投資有価証券(政策株や長期の純投資)の時価変動、為替変動、ヘッジ取引等に関わる損益が、この包括利益計算書に出てきます。

「その他有価証券」という投げやりな名前の超重要な資産については過去に自分も解説を書いています。

では、包括利益計算書を見てみましょう。

出所 : パナソニック株式会社 2021年3月期決算短信

2021年3月期の「純損益に振り替えられることのない項目」ー「その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産」2,962億円にのぼり、前年度より大きく増加しています。
これが本件のテスラ株の売却益に相当すると推測できます。

この項目は実はBSには反映されています。

2021年3月期の同社の利益剰余金は前期の1兆6,000億円→2兆1,000億円に増加していますが、これは当期純利益を大きく上回ります。
株主資本変動計算書(SS)を見ると、「その他の資本の構成要素」から利益剰余金に4,000億円が振り替えられており、先のテスラ株の売却益がPLを経由せずにBSに反映されていることが確認できます。

出所 : パナソニック株式会社 2021年3月期決算短信

この取扱が罠なのは、日本の会計基準とは似ているようで結末が決定的に異なるからです。
政策株や持ち合い株のような、関係強化を目的として保有する投資有価証券は、日本の会計基準でも保有中の時価変動による未実現損益はPLには反映させず、包括利益計算書とBSの純資産の部に現れます。
ただ、このような有価証券を売却した場合、日本の会計基準では実現した損益はPLに反映されます
一方IFRSでは、有価証券の分類によっては、売却時に実現した損益もPLには反映されず、包括利益計算書の中で完結するのです。FVOCIのリサイクリングの禁止と言いますが、本件もこれに該当するためPLに出ないのでしょう。

ココはかなり難解なポイントだと感じます。
本稿の執筆にあたり専門家の解説もいくつか目を通しましたので、参考になったサイトのリンクを貼っておきます。

 

おわり:ファンダメンタルズ分析のエッジとマイケル・バーリ

以上です。

決算短信の時点でも資産売却による大規模なキャッシュインフローと利益剰余金とキャッシュの増加が開示されていたものの、PL上の利益ではなく包括利益だったため、あまり注目されなかった。
有価証券報告書で明細が公表されて始めて気がついた投資家(とメディア)が多かった。

というのが本件の経緯だと推察します。

パナソニックの株価は5月10日の決算発表後2週間ほど軟調に推移し、その後に反発に転じました。この2週間が市場が本件を理解するまでにかかった時間だと考えて差し支えないでしょう。

関係強化を目的とした有価証券の保有から大きな利益が出たことは確かに本業の収益とは関係ないかもしれません(これがまさに包括利益の意義です)。
とはいえパナソニックが24億円で入手した株式を4,000億円で売却し、その資金を今後成長分野に投資できることは事実なので、今回は多くの投資家が会計基準のギャップに惑わされたのではないでしょうか。

本件を見ていると、パッシブ(インデックス)、クオンツ、AIが着目される昨今においても、財務諸表を紐解くファンダメンタルズ分析には依然としてエッジがあると気付かされます。
マイケル・ルイスの名作「The Big Short」(邦題:世紀の空売り)には、医師免許を持つヘッジファンドマネージャーのマイケル・バーリが登場します。
The Big Shortのテーマは住宅ローン担保証券のショートですが、バーリはもともとは10-k(米国の有価証券報告書)を丹念に読み込む株式投資家でした。

 

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