株式投資

ソフトバンクのオプション取引のニュースを理解するためだけのオプションの解説

2020年9月4日、米国株が主力ハイテク銘柄を中心に調整するムードの中、ソフトバンクグループのオプション取引の報道が世界中に流れました。
もとの報道は英Financial Timesです。

日本語の報道は親会社の日経新聞が最も詳細です。

報道のポイントは以下のとおり

・ソフトバンクグループは8月に米テクノロジー企業の個別株のコールオプションを買い増していた。
・金額は約40億ドルで現物株に換算すると500億ドル規模(日経報道の表現。ポイント2で詳述します。)
・同社はこれ以前から、アマゾン、アルファベット、テスラなどの米ハイテク企業の現物株式への投資を行っている。

本稿は、この報道を正しく理解するために必要な範囲でオプション取引の解説をします。
自分はディーリングの経験はなく、オプションを絡めた戦略のデューデリや、ヘッジのためのオプション取引の経験がある程度なので、感覚的な点はご容赦ください。

ポイント1 コールオプションのペイオフ(損益)

オプション取引には4通りの原始的なペイオフ(損益)の形がありますが、今回報じられているのは「コールオプションの買い」(ロングコール)についてです。
コールオプションは「A社株1株を、〇〇日に、XXXドルで購入する権利」です。
具体的な数字を入れると、今120ドルのアップル株を、2020年10月15日に、125ドルで購入する権利を売買するという具合です。
それぞれの構成要素に名前がついており、この例では、アップル株を原資産、10月15日を権利行日、125ドルを権利行使価格(ストライクプライス)と呼びます。
仮に、このオプションが現在8ドルだとすると、権利行使日10月15日時点の損益(ペイオフ)は以下の通りになります。

最初8ドルで買ってるので、アップルの株価が125+8の133ドル以上になっていれば益が出ます。
一方、Appleの株価が125ドル以下だった時はオプションは無価値なので、最初に払った8ドルだけ損をします。

ベースはシンプルです。
ただ、最終的にこのようなペイオフになるオプションを、期中にいくら取引ですべきかを判断するには、原資産価格、原資産価格の変動性(ボラティリティ)、残存期間等を考慮しなければなりません。
また、この報道だけだと全容がわからないという視点も重要です。
「コールオプションの買いだけする」という投資家は稀です。
ロングコールを裸で持っていても、往々にして不規則な動きをする先物にしかなりません。
「オプションの売りと買いの組み合わせ」「権利行使価格が異なるオプションの組み合わせ」「オプションと先物や現物株の組み合わせ」
こういったポジションを取ることで、投資家(投機家)の相場観やリスク選好に見合ったペイオフを実現できるのがオプションの重要なポイントです。
具体例については「オプション ストラドル」「オプション 合成先物」等で検索してみてください。

ポイント2 プレミアムと想定元本

オプション取引の規模感を理解するためにはプレミアム想定元本の理解が必要です。
上に挙げた「今120ドルのアップル株を、2020年10月15日に、125ドルで購入する権利(コールオプション)が、8ドル」という状況だと、
想定元本が120ドル、プレミアムが8ドルということになります。
このオプションを100億ドル分(100億÷8=12.5億単位)持っていると、想定元本は120×12.5億で1,500億ドルになります(レバレッジ15倍)。
取引時点で資金が動くのはプレミアムの8ドルだけですが、それ以降の損益は現在120ドルのアップル株の値動きに左右されます。
ただし、想定元本がいくらであっても、前項のペイオフ(損益)の図の通り、コールオプション買いの最大損失はプレミアムの総額に限定されます。

本件の報道(冒頭リンク参照)では、

とくに8月にコールの買いを増やしたとみられ、WSJによると約40億ドル(約4200億円)分に達する。現物株に換算すると500億ドル規模になる。

という表現が使われています。
これを素直に読めば、ソフトバンクがコールオプションの購入に支払ったプレミアムの総額が40億ドルで、想定元本は500億ドル程度ということになります。
日本のマスコミに限らず報道機関はオプション等のデリバティブのニュースを想定元本ベースで報道するのが好きです。
人間は数字が大きいほうに反応してしまうため、ドイツ銀行のデリバティブを想定元本ベースで報じるニュースが大好きなのです。

さて、本件の想定元本の500億ドルは円換算すると5兆円強です。
ソフトバンクグループの総資産が33兆円であることを鑑みても相応の規模です。
また、オプションゆえに最大損失額はプレミアムの総額(報道40億ドル)に限定されますが、これも同社の規模を考慮してもインパクトがある数字です。
ただ、前述の通り「コールオプションの買い」だけで持つ投資家は稀なので、今回報じられているロングコール以外のポジションもあり、全体としては損益が限定されるようなポートフォリオなっている可能性はあります。
足元ではアリババ株とソフトバンク株の売却資金が手元にあるはずなので、アクティブな余剰資産の運用の一部なのかもしれません。

ポイント3 大量のコールオプション買いが株価を押し上げる仕組み

今回の報道は、ソフトバンクのオプション買いが、8月のハイテク株の高騰の重要な要因だったというトーンです。
大量のコールオプションの買いが株価を上げる仕組みは以下の通りです。

①投資家(投機家)が業者からコールオプションを買う
個別株オプションも取引所に上場して取引されていますが、場に出ている注文だけでは大口の売買ができるほどの流動性はありません。
大口取引の場合は業者(証券会社等)に条件を打診してプライスを出してもらい、その業者が相手方になって取引をします。

②コールの売り手になった業者の行動
コールオプションの売り手になった業者はそのままにはしません
コールの売り手は、原資産の価格上昇や、市場のボラティリティ(変動性)の上昇により損失が発生します。
同じ条件のオプションを誰かから安く売ってもらえればサヤが抜けますが、なかなか都合よく見つかりません。
そのため、売り手になっている業者は現物株等を使って統計的にヘッジします。
業者から見ると、このヘッジのためのコストに自分たちの手数料を加えたものが①で投資家の引き合いに対して提示している価格なのです。

③ヘッジのために現物株を買う
「買う権利」という商品性の通り、原資産の価格が上昇するとコールオプションの価格も上昇します。
したがって、売り手になっている業者は、株価上昇によりコールオプション売りから損失が発生します。
この時に、原資産を保有していればその値上がり益がコールオプション売りから発生する損失を相殺してくれます。
すなわち、大口のコールオプション買いがあると、その売り手がヘッジのために現物株を買うので株価が上昇するのです。
さらに、取引後に買い手側がコールオプション買いを手仕舞う(オプションの行使や業者の買い戻し)と、売り手側はそれに合わせてヘッジのために買っていた現物株を売ることになります。

この③の取引はデルタヘッジという手法の一例です。
デルタは、原資産(ここでは株式)の価格変動がオプション価格にどれくらい影響するかを計算した指標です(いわゆる”グリークス”の代表的なもの)。
デルタは、原資産の価格変化や時間経過によって変動するため、デルタヘッジはヘッジポジションを動的に変化させて行います。
職場や友人との会話で本件が話題になったら「コールの売り手はデルタヘッジで現物買うからそら上がるよなぁ」と言ってみてください。
おそらくかっこよく決まると思いますが、相手にオプションの知識があると話を広げられて困るかもしれません。

おわり

以上です。
オプションはちゃんとやろうとすると難解ですが、本件の理解に必要な知識はここらへんまででOKです。

孫さんの頭の中は分かりませんが、自分は今回報道されているコール買いはポジションの一部で、全体では他のオプションや現物株を絡めた別のペイオフになっていると予想します。
週が開けたらなにか適時開示が出るんじゃないでしょうか。

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